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ジョンの目玉焼き
執事のジョンが辞め。
主人のポールが倒れた。
「私が辞めて三日でなぜ、お倒れになるのです?」
黒い髪を後ろになでつけ黒い髭。今日は執事のお仕着せではなく、取るものも取りあえずかけつけたのだろう。ブラウンのジャケットにハイネックのセーター姿の五十過ぎの執事を、三十一になった独身の主人が横たわったベッドから、恨めしく横目で見た。
「お前が目玉焼きを焼かないからだ」
「私の後任のオリバーには焼き方をしっかりと伝授しましたが?」
オリバーは若いが優秀な料理人だ。朝食の目玉焼き以外はすべて、彼が作っている。
そう目玉焼き以外、すべてだ。
「ジョンの目玉焼きではない」
「私は三日前にお暇をいただきましたが」
「私は認めていない」
「たしかに昨日、いやに高額な金額が私の口座に振り込まれていましたが」
「あれはジョンの給料だ。前払いの五十年分」
「旦那様が八十、私が百歳を超えても私に執事をしろと?」
「私の棺桶にはお前を入れてもらうと決めている」
「その前に私のほうが棺桶に入っていると思いますが?」
「ならば、二人入れる棺桶を用意させよう。先にお前を入れておく」
「それならば問題はありませんな」
煎れたミルクティを差し出せば、ポールは優雅に、あくまで優雅に、ごくごくと一気に飲み干した。この主人、目玉焼きだけでなく茶まで、自分の味と違うと口にしなかったらしい。言葉にはせずに朝の目覚めの一杯を口にして一切飲食はしなくなったと。
三日で倒れるはずである。
ミルクティを三杯呑み干した主人を確認して、厨房に降りていく。困り果てた顔のオリバーにうなずき、目玉焼きを焼く。サニーサイドアップの主人好みの半熟を焼き上げて、他はオリバーが仕上げた焼きトマトにマッシュルーム、ソーセージにベークドビーンズがもられた皿の真ん中に目玉焼きを盛る。
ミルクティー三杯でいささか顔色のよくなった、主人の前に皿を置けば、彼はこれまた優雅に目玉焼きの黄身を潰し、皿にもられた他の食材に絡めてぺろりと平らげた。いままでは最速の食事だったのではなかろうか?
これでは足りなかろうとオリバーに追加で作らせた焼きバナナがのせられたポリッジを差し出す。好物に目を細めたポールが、今度はゆっくりとそれを味わい食べながら。
「お前の辞任届など三日前に暖炉に放り込んだ」
「かしこまりました」
こうしてジョンの十回目の辞任劇は不成功となった。
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BLというより、ブロマンス以前かな?
BB小説家コミュニティさんでの千文字短編お題「目玉焼き」で書いたものです。
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