88人が本棚に入れています
本棚に追加
教会には恩がある。可能な限り向こうが望む事は叶えたい。その為にはどうしたって多少の無理はしてしまう。教会を訪れる人も基本的には善人だが、嫌味や侮蔑の言葉を投げかけてくる者は少なからずいる。そういった、中々に発散し辛い感情を、彼との気兼ねないやり取りは発散させてくれていたのだ。
とはいえ、いざ来られると散々からかわれるので「二度と来るな」と思った事は多々ある。が、しかし翌朝には「今日は何時頃来るのかな」と楽しみにしていたのだから、まあ、つまりはそうなのだろう。こうして完全に逢えなくなってしまった、と自分の中で落とし込んでしまった途端、ぽっかりと心に穴が空いた様に感じてしまうのだし。
「……いや……いやいやいや、そこまで……そこまでじゃない……はず」
好きか嫌いかと尋ねられれば、好きだ、と答える程度の気持ちはある。しかし、だからと言ってこの気持ちが世間で言うところの、そういった感情なのかと訊かれると自分でも首を傾げてしまう。
彼と逢うのは腹も立つけれど楽しかった。それが終わってしまったのは寂しいと思う。それはセレスの素直な気持ちだ。でも、それで終わりなのだ。ここから先、もっと悲しみに胸が押し潰されそうになるだとか、ヘルディナに掛け合ってもう一度逢いたいと懇願するだとか、そこまでの強い想いが沸いてはこない。
逢えない、寂しい、残念だ――そんな風に自分の中で完結してしまう。
つまりは、これは恋心、に育つ前のもっと淡い感情だったのだろう。
「人様の縁は結べるけど、自分の縁は結べなかったかー」
しみじみとセレスは一人頷く。言葉にするとなんだか残念な感じはするが、むしろセレスは自分にもそういった感情があった事の方に驚きと喜びがある。
縁結びの加護を授かり、良縁が結ばれたと喜ぶ人々を見る度に、自分にもそういった相手がいるのだろうかと思う事が時折ある。仲睦まじく寄り添い、幸せいっぱいの笑顔を浮かべる姿は素直に羨ましい。
「でもまあ、今後そういった縁が結ばれるかもしれないし。良縁はなにもそういうのだけじゃないし」
最後の言葉は若干の強がりもあるが、それでもセレスは自分の気持ちをそう結論付けた。
「少なくともこの二年間のご縁はよかったんだもの! これからもっと良い縁を結ぶことができるよう、がんばればいいだけ!」
こうしてセレスの淡い初恋、の、様なものは終わりを迎えた――はずであった。
最初のコメントを投稿しよう!