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「それでシーク様は先程から腰を摩ってらっしゃるのね」
楽しげな笑い声が室内に満ちる。腹の立つ青年の笑い声とは違い、こちらは聞く者の気持ちを柔らかくしてくれるようだ。
緩く波打つ金色の髪は、窓から差し込む光を受けてさらにキラキラと輝いている。腰までの長さがあるというのに、一向に重さを感じさせない。
教会のとある一室。ゆったりとしたティータイムは、彼女がこの教会に訪れる様になった二年前から続いている。
権威におもねる事なく、万民に等しく神の加護を、というのが教会の主義だ。それがどの程度守られているのかは、聖女とはいえ末端のセレスには分からないけれど、とりあえずその主義に従い教会に所属する人間は相談に来る相手の素性を知る事は無い。なので、セレスは彼女の名がアンネというのを知るのみだ。しかし、立ち居振る舞いや醸し出す雰囲気からかなり名のある家の令嬢だというのは容易に想像できる。
優しい菫色の瞳、それを縁取る睫すら美しい。透き通る様な白い肌に、整った鼻筋と口元。荘厳さと慈愛を兼ね備えたその美貌に、むしろ彼女のこそが「聖女」の様だ。実際そう言われたとしたら、誰もが信じてしまうだろう。
「セレス様?」
無言でうんうんと頷くセレスにアンネが不思議そうに声を掛ける。
「どうせいつものヤツですよ」
先程セレスに倒された青年、ことシークは腰に手を当てたまま呆れた様な声を上げる。いつもの? と不思議そうにわずかに首を傾げるアンネは可愛らしくもあり、美しさだけでなく可愛いまであるなんて……! とさらにセレスは感動で打ち震えるしかない。
「アンネ様の美貌にメロメロになってるんでしょ聖女サマ。あとついでに自分より余程聖女っぽいよなとかなんかそのヘンの事思ってんですよこの人」
「人の思考読まないでもらえます? あとメロメロって言い方が古くさいです」
「聖女様ちゃんと俺の教えた通りの護身術身に着けてて偉いですね」
「わたしの話聞きましょうよ!」
「聖女様に護身術を?」
アンネの問いには「貴方がいるのに?」という意味が含まれている。それに気付いたセレスは大きく頷いた。
「悲しいかな、良き出会いを迎える人がいる一方で、悲しき別れを迎える方もいらっしゃいますからね。そうした人が教会に飛び込んで来た時の」
「そういう時のためにシーク様がいらっしゃるのでは?」
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