一辺六フィートの幻影

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 ふたたび目の前にあらわれた女の上背がさらに大きくなっていたのは、単にカマエル氏が床に仰向けになったせいだけではないだろう。  いまや結界の中で前屈みになるようにして立っているの女の姿は、人間とはかけ離れていた。  美しかった褐色の肌はくすんだ灰色に変わり、筋張った長い両腕の先で大きく発達した両手は、鉤のように鋭く巨大だ。きらびやかな装飾が施されていた衣服はぼろ同然になりさらばえ、太くたくましい両脚のあいだからは、ぬめるような鱗に覆われた尾が生えていた。首も蛇のように長く伸び、朔を終えたばかりの月のように細い瞳を持つ巨大な黄色い眼球が密度を失った蓬髪の向こうから覗いていた。かつて耳があったところまで裂けた口からは、赤い舌が炎のようにちらついている。  やがて女は床に両膝をつくと、そのあいだに挟んだカマエル氏の胸の上にのしかかってきた。その墓石のような重さに肺を絞りあげられ、氏は潰された蛙のような呻き声をあげた。  女の口がさらに大きく開き、意識が遠のくような甘ったるい腐臭のかたまりが顔面に吹きかかる。いまやその一本一本が千枚通しのように鋭くなった歯の隙間から滴った唾液は、頬を焼くように熱く感じた。  こんなものを買わなければ。カマエル氏は後悔した。  ニガヨモギ、異教の天使、これらはすべて災いの象徴だった。この絨毯は本物の呪物だったのだ。近づいてくる女の口が、さしずめ地獄の門のように見える。あれが閉じたときが自分の最期だろう。  白百合は花瓶の中で枯れていた。窓の外から朝日が覗いたとき、自分がどのような姿で発見されるのかはわからなかったが、きっと最初に見つけてくれるのはアンナだろう。  せめて厳しくも忠実なあのメイドに、この絨毯に対する警告を発したかったのだが、カマエル氏にはもうそれをするだけの余力も時間も残されていなかった。  少しでも苦しむ時間が短く済むように祈りながら、カマエル氏はまぶたを閉じた。
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