一辺六フィートの幻影

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 ヴルンスト・カマエルという紳士の人となりを語る上で何よりも欠かせないのは、その蒐集癖だろう。  氏は下町の住人達が催すような蚤の市などに足しげく通っては、古今東西のめずらしい品々を探し求めることを日課にしていた。  その日もカマエル氏は、掘り出した戦利品と満面の笑みを携えて自宅アパートメントへと帰ってきた。 「あら、坊ちゃん。お帰りなさいませ」住み込みメイドのアンナが一瞥を向ける。 「やあ、アンナ。今日もいいものを見つけてきたよ」 「、でしょうか。それともガラクタを?」 「ご挨拶だね」カマエル氏は気分を害した様子もなく、背中にまわしていた手を前に出した。手の平には高さ三インチにも満たない小さなランタンが乗っている。「これを満月の夜に灯せば妖精が寄ってくるそうだ」 「それは結構でございますね。それで、いくらなさったんですか?」 「きみ、大切なのは値段じゃないよ」 「いくらです?」 「安い買い物だったさ」カマエル氏は肩をすくめて、「ほんの五シリング」 「五シリング!」アンナが手にしていたはたきごと両手をあげる。「まあ、坊ちゃん。どこの世界にそんなガラクタにクラウン銀貨一枚を出せる人間がいるんでしょうね?」  カマエル氏はアンナが差し出した手の上にランタンを乗せると、テーブルに置かれたショートブレッドをかじった。メイドがその金壺眼で物品をためつすがめつしているあいだ、氏は皿の上の焼き菓子を一枚、また一枚と胃袋に納めていった。 「もうじきお夕飯ですよ」言いながらアンナがランタンを突き返してくる。「まあ、十ペニーの値打ちがあればいいほうでしょうね」 「大したご慧眼だ」 「この目利きで坊ちゃまの将来のお相手も見繕えたらよろしいんですが」 「いまは独り身のほうが気楽でいいさ」 「伴侶だけじゃありませんよ。せっかく紳士クラブに加盟していても、毎日真っ直ぐお一人で帰ってくるじゃありませんか」 「趣味が合わないのさ。連中ときたら口を開けば『〈セドリックの店〉に行かないか?』だ。高尚すぎてあの好事家たちにはとても太刀打ちできないよ」 「女遊びをしろと言うんじゃありませんよ、汚らわしい。あんなもの、買う男がいなくなれば売る女もいなくなるじゃありませんか」 「『求めよさらば与えられん』」  アンナはカマエル氏を指さして睨みつけると、部屋の掃除に戻った。  この太り肉の後家は、コマネズミのように動き回って実によく家の手入れをしてくれる。口を開けば出てくるのは文句か小言ばかりではあったが、カマエル氏は部屋の一角に据えられえたソファに深く腰かけ、このメイドがスカートを翻しながら家事をする姿を眺めるのが好きだった。
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