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「森戸じゃん?」
かけられた声に、私は眉間にしわを寄せたままの顔を向けた。相手が誰なのかはわかっていたし、正門に向かうために脇を通るグラウンドにいるということも予想できた。
「大崎君、こんにちは」
不機嫌な私を気にする様子もなく、大崎君はグラウンドの土で汚れた手を振ってきた。整地用のレーキの柄にあごを乗せ、満面の笑みを浮かべている。この寒さだというのに、額には透明な汗の珠を浮かべていた。
彼のほうが少し長いな。
大崎君の短い髪を見ながら、知らず知らずのうちにそんなことを考えてしまう。
「委員会、今日も遅くまでご苦労さん」
「大崎君もね」
「さっきあいつがダッシュしてったけど、なんかあった?」
「さあ、用事があったの忘れてたみたい」
彼のことだ。私は首を傾げながらも、大きく高鳴った心臓を抑えこむのに必死だった。
「ふうん……」大崎君は口を尖らせながらすっかり赤くなった空を見上げると、「もしかして、ケンカでもした?」
「そんなわけないでしょ!」
思わず声を荒らげ、通り過ぎていく生徒たちに横目でちらちらと見られてしまう。
「大崎君には、関係ないから」
静かな声を出すことはできたけど、まだとげとげしさが残ってしまった。それでも本当のことだ。彼と私のことは、大崎君には全然関係ない。閉ざしていた心の蓋が、内側から押し開けられていくのを感じた。
言い過ぎたかな。
邪魔しないでよ。
二つの気持ちがないまぜになるなか、窺うように視線を送ると、大崎君は丸めていた目を細めて白い歯を見せた。
「たしかにそうだな。俺、部外者だもんな」
私は奥歯を噛みしめて口を噤んだ。これ以上、屈託のない大崎君を罵るような言葉が出てこないように。
それから正門に向きなおって歩いていった。脇目もふらず、跳ねるというより、一歩一歩を地面に押しつけるみたいに。
また明日、学校でな。
背中からそう声をかけられた気がしたけど、私は振り返ることができなかった。ううん、きっと大崎君はいつもみたいに、そうやって学校から送り出してくれたに違いない。
でも、ごめん。私は思った。いま欲しいのは大崎君の言葉じゃない。
それからこうも思った。
私は最低だ。
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