I Believe.

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 両親が共働きで家を空けがちだったので、私は年の瀬を家にこもって独りで過ごした。例年は留守番を寂しく感じていたけど、このときばかりは忙しくしている両親の存在がありがたかった。独りきりの家でなら、塞ぎこんだ態度を隠したりごまかしたりせずに済んだからだ。  暖房もろくにつけずに冷えきった自室で寝転んでいると、頭に浮かぶのはいつだって彼のことだった。  彼と出会ったのは高校の入学直後、クラスメイト同士が顔合わせをしている教室でのことだった。  周囲の誰もがお喋りや携帯電話の操作に興じるなか、彼だけは窓際の席で食い入るように小説を読みふけっていた。  いま思えば、一目惚れだったのかもしれない。  彼と同じ図書委員になれたときは、胸をざわつかせるような嬉しさがこみ上げてきたのを覚えている。いつしか彼のことを毎日考えるようになり、これが恋だということを知った。  出会いから一年半以上。ただのクラスメイトの一人という関係性の下に押し隠していた気持ちは時間をかけてゆっくりと育ってゆき、いつも私に寄り添うような存在になっていた。そしてそれは恋が破れたとわかったいまでも、立ち枯れになった木のようにいまでも私の心に居座り続けている。  あの一件以来、放課後の図書委員の仕事で彼と顔を合わせるたび、根を張ったその気持ちは痛いほど心を締めつけた。  そんな私にとって、年明けから三年生に受験勉強の場所として開放するため、図書委員の仕事がしばらく休みになるという報せは幸運とさえ言えた。  貸出係の当番がかぶらないように調整さえできれば、少なくとも年度末からとりかかる新入生歓迎の催しまでは、教室以外で彼と顔を合わせずに済むだろう。  あとは三年生になって、図書委員の仕事からもひっそりと身を引けばいい。受験で忙しいだのなんだのと口実を作って立候補しなければいいのだし、そもそも彼のほうが学年が上がっても図書委員になるという保証もない。  アリバイ作りをする犯人のような気持ちで今後の見通しを立てることができると、ほんの少しだけ気が楽になった。  来年はそれこそ受験に向けて、年末年始をゆっくりと過ごす余裕もなくなるかもしれない。そう思い至り、私にもせっかくの冬休みを少しは楽しもうという気持ちが芽生えた。  気晴らしに駅前の書店にでも行こう。新しく出会った本に没頭すれば、少なくともそのあいだは嫌なことが頭に浮かばずに済む。  後ろ向きな考えかもしれなかったが、私の足取りは軽かった。いつもの書店で本の背表紙を追っているあいだは、吐息のようなハミングまで口ずさんでいた。  その鼻歌がとまったのは、文庫本が並ぶ本棚同士のあいだに見馴れた後ろ姿が立っていたからだ。  少しくせのある襟足に猫背気味の長身。その隣に並んだ女の子は小柄で、長い髪をしている。  私は踵を返すと、遠回りをするようにレジへと向かった。ラミネート加工された背表紙に指先が食い込む。  きっと見間違いだ、他人の空似だと思いこもうとしていた私の願望は、通りかかった本棚の裏から聞こえてきた声によって打ち砕かれた。何かを呟いた女の子に答えるように、どこか気だるげで、だけど面倒見のよさそうな響きは、間違いなく彼のものだった。  さいわいレジは空いていた。私は突き出すようにお金を支払うと、文庫カバーをかけてもらいもせずに書店を出た。  駅の改札を通り、折よくホームに滑りこんできた電車に飛び乗る。  ドアに寄りかかって流れていく風景を見ていると、せっかく持ち直しかけていた気持ちが萎んでいくのを感じた。  あの日、アルバイト先のファストフード店で見たときと同じように……いや、それ以上に親しげにしていた二人を見て、私は現実を突きつけられていた。  誰かと同じ人を好きになるのは勝負じゃないし、勝った負けたで片付けられることでもない。  それでも私は、彼と彼の幼馴染に置いてけぼりにされてしまったように思えならなかった。特に彼に対して、これまで以上に大きく距離が空いてしまったように感じた。
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