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制服を着ていなくても、うちの高校は在学生を受け入れてくれる。そんなことを知ったところで、いまの私にはなんの慰めにもならなかった。
グラウンド沿いに置かれたベンチのひとつに腰かけ、私は冬休みも関係なく部活に勤しむ生徒たちの姿をぼんやりと眺めていた。
陸上部にテニス部、それに野球部も。
大崎君はこの日もレフトにどっしりと構え、一際大きな声と身振りで練習に励んでいた。その一生懸命な後ろ姿を羨ましく思い、つい口元が歪むように緩んだ。
いっそ私も思い切り身体を動かしてみようか。そんな考えが浮かんだけど、これまで一度も真剣にスポーツに取り組んだことがなかったし、今更何かを始められるとは思えなかった。
次第にグラウンドでの練習風景からも興味が失せてゆき、私は巻いていたマフラー越しに立ち昇る、自分の白い吐息だけを見つめるようになっていた。
「こんなところで寝てると風邪ひくぞ」
かけられた声に顔を上げると、目の前に大崎君が立っていた。
「そんな格好してる人に言われたくないけど」
「いや、練習終わりで暑くてさ」大崎君はそう言ってTシャツの袖を引っ張った。「森戸は図書委員で……ってそんなわけないよな。たしか年末年始は暇だって言ってたし、私服だし。今日はどうした?」
「ちょっと散歩」
「わざわざ学校まで?」
「どこに行こうと私の勝手でしょ」
「そういちいち突っかかるなって」
「どっちが? 大崎君が私に絡んでくるんじゃない」
「そうなのかな? いや、やめとこ……森戸って頭良いから、口ゲンカじゃ敵いそうにないし。やっぱそれってさ、本読んでるから? だったら俺もちょっと読んでみようかな」
その瞬間、私の頭にかっと血がのぼった。
別に弁を立たせるために本を読んできたわけじゃない。純粋に読書が好きで、物語を通してその作者と心を通じ合わせられるように思えるから、今日まで読み続けてきただけ。
大崎君の言葉は、そんな私の気持ちを踏みにじったように聞こえた。
「何それ?」気がつけば、私は立ち上がっていた。「それってどういうこと? 私が本を読むことしか取柄のないやつだって……つまらないやつだってこと?」
「そんなふうに言ってないだろ」
私の言いがかりに、さすがの大崎君もむっとしていた。
そう、これは言いがかり。私は自分の鬱屈した感情をただぶつけているだけだ。
不意に視界がにじむ。それが涙を流しているからだとわかった瞬間、私は正門へと駆け出していた。
私は気づいてしまった。本当はここ最近、読書にまったく身が入っていなかったことに。いつしか物語を楽しむ心は、彼と共通の話題を持つための下心に変わってしまっていたことに。
そして彼の読書好きは私ではなく、幼馴染のあの子のためだということも知っていた。ずっと前、彼がどこか嬉しそうにそう話すのを、胸が痛むずきずきという音とともに聞いていたからだ。
この日、大崎君が後ろから声をかけてくれることはなかった。
本当に身勝手なことはわかっていたけど、私は大崎君がそうしてくれないことを寂しく感じていた。
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