月下美人-げっかびじん-★2

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月下美人-げっかびじん-★2

あの白さは何にも染まらない また今宵もあの一夜限りの白い花のような女の姿に、思考が酔う。 日を追うごとに、己の身体と心があの女を欲して止まなくなる。 麻薬のようだ… アラステアは、夜毎様々な美しい女の体の中に自分の欲望のかぎりを狂ったように吐き出しながら、それでもあの女を夢想し続ける。 そしてまた絶望するのだ。 あの女でなければ決して満たされなかった、己の愉悦に気づいて。           #1 (また兄上は満たされなかったのか…) 優しいカイは後悔に苛まれ、俯いた。 久しぶりに帝都オーブリーに戻ったカイは、兄のアラステアと朝食を共にするため王宮に早朝からやってきていた。 そのカイが兄の寝室のある奥の方から、大勢の使用人が慌ただしく出入りしているのを見て取った。 アラステアは、抱いた女が満足できるものでなければその場で相手を殺してしまう。 それは意図的ではなく、女の体がアラステアの与える激しい性のエネルギーを受け切れなければ、体は内から自然と崩壊してしまうからだ。 帝王アラステアのような強大な力を注ぎ込まれれば尚更である。 女の体は、アラステアに抱かれながら激しくのぼりつめ、その快感が炎と共にその身を貫いていく。 最後は絶頂とともに、その身を粉々にして四方八方に真っ赤に飛び散ってしまう。 部屋中に飛び散った元女の体を成していた物は、真っ赤な粒となって散乱しながら、アラステアの精液に包まれ宝石のような煌めきを放ち、美しく凄惨な光景を見せる。 紅く光る宝石の海と化した室内に、アラステアはいつもひとり殺伐と取り残されて眠るのだった。 そうした朝は、大勢の使用人が部屋の片付けに追われるので今日のようなざわついた様子で、事の顛末を窺い知る事ができるのであった。 ただ、使用人の女達はその美しく紅い宝石がどのようにして生み出されたのかは皆目検討がついていない。 問うことも許されず、全てを回収しなければならないと命じられているだけ。 もし、ひとつでも盗もうとしたならば、その使用人は即刻もう二度と姿を見せる事はなかった。 無駄口ひとつ聞くことを許されず、黙々と働く女達。 そして回収された紅く光る石は、丁重にどこか城の外へと運び出されて行くのだった。           #2 兄上は、とても純粋な人だとカイはいつも感じ、心から尊敬もしている。 朝の訪問の挨拶をすると、今日も優しく肩を抱いて 「今回も大変だったな。痩せたんじゃないか?お前は身体が弱いんだから、無理するなよ」 と労いの言葉を掛けながら、カイの好きなパンケーキの用意がされたテーブルへと誘った。 同胞二人だけの彼らは、とても仲の良い兄弟である。 性格は全く違って、兄は豪放磊落な性格で、表面だけ見れば"シルバーフォックス"の異名を持つような冷淡で無口な印象だが、慣れ親しんだ者からすれば太陽のような明るさを持った頼りになる誠実な人柄だった。 弟のカイは外柔内剛、色白で女性のような容姿をして少し身体が弱かったこともあり、いつも兄が心配しては何かと親身になってくれていた。 立ち居振る舞いの柔らかさから、カイは一見弱そうに見えるのだが、芯の強さはアラステアでも敵わないところがある。 「兄上こそお疲れではないのですか?エドマンドから、"帝都"方面の交渉が難航していると伺いましたが…」 「エドマンドに任せておけば、大丈夫だよ。あいつは弱音を口にするくらいの時が一番調子が出てるんだよ」 笑いながら、帝国総将であり二人の親友でもあるエドマンドについて親しげなコメントを付け足した。 「"帝都"は賢いからこそ、シンプルだ。こちらも誠意を持って接する態度を崩さなければ、向こうから折衷案を考えてくるだろうさ」 「だからといって、ビアズリー帝国に対する興味を失うとは考えられませんが…」 「脅威と感じさせないバランス感覚が重要だな。こちらの領土に入れさせられないというのが、一番の厄介事というのは変わらないからね」 父クラークが亡くなり、兄アラステアが中心となってからの進化はことに目覚ましい。 ビアズリー帝国の帝王として兄が"帝都"に出向いてから数千年の間、ビアズリー人の異能を隠し、その弱点を晒さないために、常に腐心して対応してきたが、その能力が高まる毎に、またビアズリー人が増える毎にどうしても避けることの出来ない問題が大きくなるのだった。 まだその解決のための、革新的技術あるいは新しい異能がまだ産まれていない。 彼らは言うまでもなく、日々その解決方法を模索しているのだった。           #3 カイは、兄との久しぶりの再会を喜びながらも、兄が明るく振る舞えば振る舞うほど、帝王の抱えた孤独を察するのだった。 ビアズリー人には、他の民族には決して知られてはならない秘密がある。 『エニグマ』を取り込む事で、異能を得た代償はあまりにも大きいものだった。 ビアズリー帝国の祖ラッカムの妻キャロルが、異能を持つ我が子を出産したと同時に、自らの体が崩壊し、死んでしまった現象は現在もまだ阻止できないでいるのだ。 つまり、ビアズリー人の子どもを産むという事は、即ち母体の死と引き換えに新しい生命を世に出すリスクを必ず伴うという事に他ならない。 どれほどの気の遠くなるラッカムらの研究によっても、この現象は現在も止めることが出来ないでいる。 なので、ビアズリー人には母親が誰一人いない。 そればかりか、産まれて来る子どもで成長できるのは、全て男子であった。 異能を持つビアズリー人の性染色体は、女性を発現する性染色体上に必ず異常があり、多くは死産となる。稀に女児が産まれたとしても、生殖能力を得る前に必ず死ぬ。 現在のビアズリー帝国には、ビアズリー人ののだ。           #4 その問題を解決出来ないまま、祖ラッカムは我が子クラークのような異能を持ち、不老不死になりたいという我欲から『エニグマ』を取り込む事を切望する未開人達にも、施術を施していった。 それが今のビアズリー人達の土台となった。 彼らは、"帝都人"と同等の知能を持つようになり、更に様々な異能を発現させていった。 今では異能の種類は山のようにあり、基本的にそれぞれの属性に分類されている。 帝王アラステアは多くの属性を持っているが、中でも『火』の属性が最も強く発現されるようだ。 見た目は、シルバーフォックスのような凍てつく視線や髪を持ち、その目で睨まれれば体がその言葉の通り凍ってしまうような異能を発現できるのだが、その内に秘めた煉獄の炎が相手を焼き尽くす様は、地獄絵図さながらである。 対して弟のカイは、水と木の属性を併せ持ち、その特性のためか海洋生物や植物の研究などを好む、穏やかな学者肌の男だった。 こうした属性を活かして、ビアズリー人達は商売や学問などに励む、真面目な気質の民なのである。 なので、"帝都"がその全貌を知ろうと強行手段に至らないような有効関係を、果てしなく維持出来てきたのだった。 しかしながら、膨れ上がったビアズリー人達の子孫を残す為の有効な対策は、未だに見つからない。 そこで異能を持つ男達の帝国"ビアズリー"が取って来た生殖手段は、"帝都システム"やその他高等な知能をもつ宇宙の民族以外の未開の地から、器となる女達を調達する事だった。
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