情炎-じょうえん-★3

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情炎-じょうえん-★3

兄さまどこ? 寝ぼけ眼の目を擦りながら 小さな裸足の足をペタペタと音を立てて歩いていた。 城は広くて冷たくて、ひっそりと闇に沈んでいる。 遊び仲間もいないこの城の中で いつも一緒に床に就いて添い寝してくれる兄は 僕のヒーローだ。 珍しく夜中に目を覚ましてしまい 隣に居るはずの兄が居ない事に気がついて。 やっと兄を探し当てた時 キラキラと紅に染まる美しい部屋の真ん中で 傷ついた仔犬みたいに、とっても悲しそうな嗚咽と 頬を伝う涙を流れるままにした姿を初めて見たんだ。 「兄さま…⁉︎」 どこか痛いのか心配になって駆け寄り その小さな手を兄の頬に寄せた。 驚いた顔が、すぐに嬉しそうに笑顔に変わる。 いつもの太陽のような兄さまが 「大丈夫、何ともないよ。心配させたね…」 そう言って僕の手を頬に当てながら、抱き抱えると お布団にまた一緒に入ってくれて 僕はすぐ安心して眠ってしまった。 あれが夢ではなかったと悟るには とてもとても長い時間が必要だった。 0b4e4fcb-168f-4a5c-87e0-aa73129f660b           #1 中央コロシアムの中はいつも熱気で包まれている。 コロシアムといっても、円形劇場のような風情があり戦いの場所のような殺伐とした雰囲気は全くなかった。 ここは惑星オーブリーの首都中心街に位置しており、実際に他の行事なども行われる神聖な場所である。 入り口は、地上からは中央の一ヶ所だけ。 見事な乙女の彫刻で彩られている巨大な門が、訪れるものを敬虔な気持ちにさせる。 あとは、地下深くに様々な施設を持ち、沢山の入り口があるのだが、それは公には知らされていない。 そんなコロシアムでは、定期的に首都で働く高官達が定期的な順番で、『夜伽の儀』を執り行うのが習わしとなっている。 今日もその日に当たる。 『夜伽の儀』とは、亡くなった母体を悼み、"教皇"と言われる浄化する異能を持つ者が、鎮魂祭を執り行う事を指す。 また母体の属性に応じて、『夜伽の儀』は異った日に行われるので、月に何度か開催されているのだが、今日はちょうど水属性を産み出した母体の慰霊を行うというので、帰省していたカイは出席するつもりで早めに高官達の働く官庁街を出ようと、帰り支度をしていた。 「おい、カイ!」 「ああ、エドマンド⁉︎お久しぶりだね。ふふふ…朝、兄上と丁度君の話をしていたんだよ。会えて嬉しいなぁ」 「どうせろくでもない悪口だろ⁉︎」 そう言いながらも、どこか嬉しそうに肩を寄せてくるエドマンドは、カイ兄弟の大の仲良しである。 「アラステアのとこに午後顔を出したら、お前が戻ってきてるって言ってたんでな。誘おうと思って寄ったんだ。今日行くんだろ?」 「うん!さすがよくわかるね。エドマンドも今日行くの?」 「ここんとこ忙しくて行けなかったから、丁度良かった。連れができて」 エドマンドの母も水属性だった。 以前はよく一緒に行ったのだが、互いに役職が重くなってからは共に行けることが少なくなっていた。 今日は久しぶりに連れ立って中央コロシアムに向かう事にして、じゃれ合いながら官庁の建物を後にした。           #2 父は一緒であるが、異能児の出産でどの母体も死滅してしまうので、兄アラステアとカイの母はもちろん違う。 兄の母体は火属性であるため、兄弟で『夜伽の儀』に参加したことは一度もない。 それに、帝王アラステアが関わる全ての儀式は宮殿内の帝王のみが使う玉座の間(レッドスローンルーム)の下に祭儀室が作られているので、そこで行われる。 そこに入れる者は、極々限られた者達だけである。 中央コロシアムに入る時は、皆黒いフード付きのローブを被り、誰なのか判別できないようにしている。 そこでは、階級などを意識せず、共にその身を捧げてくれた母体に祈りを捧げるのだ。 教皇の浄化の儀式が終わると、続いて『メス』という行事が行われる。 カイは『メス』には参加せずいつもさっさと帰るのだが、今日はエドマンドに強く誘われてしまった。 断ることもままならないまま、不本意ながら仕方なくその場に居続けることになってしまった。 「アラステアに頼まれたんだよ」 「え⁉︎兄上に?」 ちょっとウインクしたエドマンドは、 「カイのことを心配しているんだよ、アラステアは」 と付け加えたが、カイにとっては傍迷惑この上ない。 後で兄上に文句を言わなくては… そう決意したところで、『メス』が始まった。 先程まで教皇が立っていた中央祭壇の下には、白く美しい刺繍の施されたカナぺがひとつ置いてある。 このカナぺは、右手に肘掛けがついおり3人ほど楽に座れる長椅子で、そこに向かって白いローブを着た枢機卿のひとりが、若い娘の手を厳かに引いてカナぺに座らせた。 娘は、何の衣服も着けないままの姿でそのカナぺに、両脚も伸ばして寝そべった。 まるでゴヤの『裸のマハ』のように。 しばらくしたのち、その女性が相応しいと感じたビアズリー人の指名が入り、次の新しい女性が入れ替わりカナぺに座る。 その夜もどれほどの女性が、登壇したのだろうか。 最後の娘の相手が決まると、枢機卿はひとりで祭壇の前のカナぺに戻り、一帯を浄化すると『メス』の行事は終焉となった。 「本当に誰もいなかったのか?相応しい者が」 コロシアムを出るなり、エドマンドに食いつかれた。 「本当にいませんでした」 カイは即答した。 この行事が好きではないのは事実であったが、本当にこれっぽっちもピンとくる娘がいなかったのだ。 今日は、水属性の者に相応しい娘達が選ばれているはずなのだが。 「うーむ」 考え込むエドマンドに、 「そっちこそ、他人のこと言ってられるんですか?そろそろ後継が欲しいところでしょう?いい人居なかったのですか?」 「いないねぇ。俺のレベルに相応しい女性なんて、いるのかねぇ…」 ちょっと寂しそうに、エドマンドはカイの肩を組んだ。 「能力がありすぎるってのも、考えもんだなぁ、おい」 自慢しているようなおどけた感じを交えて、軽くいなすものの、その寂しさはビアズリー人にしか解らない。 ビアズリー人にだって愛という感情はある。 しかし、愛する者と結ばれることは決してない。 それは相手の死を意味するのだから…。 たとえうまく自分の愛を受け入れて、子どもを授かれたとしても、出産と共に死んでしまう運命。 性的に愛を全うすることができないという、 ビアズリー人にかけられた強い呪い。 また子どもの成長を見届ける頃、何故かその異能故に不老不死と言われながらも、ある日突然その異能に自らが喰われてしまう『死』が訪れることも多く、それも不可避な事実であった。 滅亡すべき民族なのかもしれないが、彼らの知性と本能はそれを善としない。 高い知性が、性欲や暴力を退け、生き延びる為にひたすら努力を続けてきた。 それでもまだ、多くの母体を犠牲にしている。 そんな運命を嘆かない者など、ひとりもいないのに。 エドマンドとカイは、そんな気持ちを心の奥底に沈めながらそれでも明るく街に戻って行った。           #3 中央コロシアムの教皇は、最も力のある浄化の異能を持つ者が任命される。 浄化の異能は、5大属性のひとつ"空属性"に含まれる。 ビアズリー人の属性は、5大属性とそこから派生した5つの属性の合わせて10属性に大きく分けられている。 この空属性を持つ者で、教皇の補助をする役職が枢機卿となる。 多くの枢機卿は、『夜伽の儀』や『メス』などの儀式や行事を行うだけでなく、器となる母体の収集・分析の中心的存在を担う。 この枢機卿の下には、"闇属性"を持つ者達が働らく、探索武官という役職があり、彼らは力だけでなくその頭脳を駆使して手練手管を使って辺境の宇宙から、良質な母体を確保する為、日夜奔走している。 コロシアムは、首都のある惑星オーブリーだけでなく、帝国のあらゆる土地にそれぞれ存在している。 沢山の母体候補者達を集めたとしても、実際にその器たれる者は、そのまた極一部。 多くはすぐに形なき者と化してしまう。 それらを浄化した後、地属性の者によって『花の衛星』と名づけられた惑星の一部として、丁重に眠りについてもらう。 そうした一連の生殖の行為によって、なんと多くの『花の衛星』が生みだされたことか。 長い長い年月の果て、連綿と続くこの行為に直接触れずとも、"帝都システム"が少しずつ何かあるのではと怪しんでいることは、想像に難くない。 そうした猜疑の目に対して、対応をしている中心がエドマンドである。 「そろそろまた、アラステアに"帝都"に出向いてもらわないとならないかもしれないな…」 その夜カイと別れたあと、ひとり自宅の書斎でまた仕事を再開しながら、夜空に薄暗く光るひとつの『花の衛星』を仰ぎ見たのだった。           #4 一方エドマンドと別れたカイは、『メス』に参加したことでまた兄のことを思い出す結果となってしまった。 兄アラステアが今一途に追い求めている女性は、カイが辺境の地で偶然見つけた人だった。 海洋調査で海辺を散策していたカイは、遠くの波打ち際で白く光るかなり大きな物を目にした。 (人魚かもしれない!) そんな子供染みた空想が飛び出るくらい、何だか美しい物が打ち上げられていると直感した。 急いで駆け寄ると、まさに人魚のような女体⁉︎が打ち上げられていたのだった。 美しくしなやかな体幹の曲線を持ち、尻鰭の代わりに脚がすくっと伸びている。 (現地の人?) それにしてはそこの海辺の現地人よりも伸びやかな体格で、顔立ちも違っていた。 見たことのないような髪の色を輝かせ、閉じた瞼から伸びる長いまつ毛には、海の雫をキラキラと真珠のように載せている。 抱き上げると案外軽くて、純白な裸体のまま海に浸かっていたせいか、ひどく冷え切っていた。 カイは慌てて、近くに立てた簡易の自分の研究ベースに抱きかかえて戻ると、彼女の身体を温めて命がある事を確かめたのだった。 しばらくすると、頬が薄いピンク色に戻ってきて、その整った顔を更に美しく染め上げてゆく。 (何て美しい生き物だろう…) カイは、まじまじと観察してしまう。 長い首から胸にかけての柔らかな膨らみ。 細い腰のくびれに繋がる曲線のなめらかさ。 その豊かな胸の頂きには、淡く輝くピンク真珠のような乳首がそっとついている。 長くすんなり伸びる両脚が覆い隠すその茂みの奥には、小さな唇のような桜色の襞がふっくらと息づいていた。 カイは頬を染めてドキドキしてしまったが、それが何故かはわからなかった。 カイは、生身の女性の身体というものをこの時初めて目にしたのだった。 カイはその後何度も声をかけたのだが、瞼は開かない。 光属性を持つ医療班のところに連れて行こうと、支度を始めたところで、ふとこれは兄さまの元で治療すべきだという確信が生まれて、兄に連絡を取った。 まさか、これが兄アラステアの苦悩の始まりとなるなど夢にも思わずに。
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