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惑乱-わくらん-★4
赤子のような弟…
あまりにもピュアすぎて
ときどき、本当にアホなのではないかと
思い出しては可愛いなと笑ってしまう。
そんな可愛い弟が
今までにない上擦った声で興奮して連絡してきた。
あの日
俺は偶然弟のいる近くのエリアに出向く案件があり
終わり次第、すぐにそちらで会えると返事をした。
弟はいつも素晴らしい新種の生物に出会うと直ぐ、兄のアラステアのもとに喜び勇んで持ち帰ってきては、意気揚々と説明するのが癖だった。
いつぞやは、『イルカ』という海洋生物に魅入られて、彼の異能で海ごと切り取って城に持ち帰って来た時には、流石に腰が砕けそうになったのを覚えている。
一歩間違えば、首都は海の底に沈む一大事で、官僚らが慌てふためく中、カイはいかに『イルカ』が素晴らしく美しい生き物かを兄に熱心に説明したのだった。
「今度は何を見つけたんだ?カイ」
弟個人研究用テントのようなベースキャンプにひとり立ち寄ると、興奮覚めやらぬカイが頬を上気させて早く早くと手招いた。
指し示す先の床の上には、無造作に女体が置かれていた⁉︎
アラステアはそれを一目見ただけで、身体の中を炎が駆け巡るような衝動に襲われ釘付けになった。
「俺の器だ…!」
一閃の雷鳴が落ちてきたような確信。
一生懸命に横で説明していたカイが、びっくりして兄の顔をまじまじと見ながら、咄嗟に何を言っているのか理解が及ばなかった。
「運ぶ準備を!!急げカイ!!」
弾かれたようにカイはテントを飛び出て行った。
#1
アラステアは、全く動かない女の身体を抱き起こそうとその肩の下に自分の左腕を回した。
互いに触れた肌の吸い付くようななめらかさ、その柔らかさに愕然となる。
華奢な細い身体に見合わぬ、美しい豊かな乳房と優しい薄桃色をした乳首の愛らしさ…
気品を湛えたその見事な身体のラインを、確かめるように思わず右手でなぞっていった。
瞼は貝のように閉じられていたが、長く茂っている睫毛が、頬に影を落として涼やかな印象だった。
緩やかな顎の線も細く続く首へと美しく引かれて、小さなふっくらとした唇とのバランスが絶妙だった。
「まるで人形のようだ…」
アラステアは女の身体を抱き起こしながら、導かれるようにその小さな唇に己の唇を重ねていた。
柔らかな感触と、花の香りがアラステアの鼻腔をくすぐる。
女の細い身体を腕に抱きしめながら、我を忘れて唇を弄っていた。
「壊してしまう⁉︎」
情欲に身を委ねそうになったアラステアだったが、彼の異能をはたと気づいて抑制しようとした…
その時!!
女の固く閉じられていた瞼がパチリと開いて、深海を思わせる翠の瞳が彼を凝視した。
女の瞳は、獣のようだ。
と思った瞬間、アラステアの腹部に女の膝蹴りが食い込んだ!
アラステアは直ぐに飛び退くと、更に女の回し蹴りが頭を狙って繰り出された。
辛うじて凌ぐと、目の前を女の手刀が間一髪で過ぎ去るのが見えた。
アラステアは、戦闘能力でも抜きん出ていると自負しているだけに、女の能力の高さを察知して身構えたが、大勢を立て直した時には女の姿はもうそこにはなかった。
#2
今までアラステアが壊してしまった女達も、心も身体も美しい者ばかりだった。
それぞれに愛おしいと感じたからこそ、抱いてきた。
しかしひとりとして、自分の愛を受け入れられる器を持つ女には巡り会うことが叶わなかった。
その失望が恐ろしく長い年を経て累積すると、期待する気持ちは消え失せていた。
そればかりか加減する事を学び、壊す度相手に愛情を注ぐ事を恐れて、女を器として見るように心がけるようになった。
そんな兄の気持ちをよく理解していたカイは、元々生殖欲求に乏しい事もあり、自らの研究の方にばかり没頭していたのだが。
急ぎ準備してカイが戻った時には、すでにテントの中に二人の姿はなく、慌てて兄に連絡を取った。
兄は10属性全てを多かれ少なかれ持っている異能者である。
風属性の力で直ぐに逃げた女を追いかけていた。
しかしそんな兄の能力をしても、女は海辺に面した樹海の奥深くへと姿を消し去って、いくら探しても痕跡を追えなかった。
「原始的な狩猟民族かもしれないな…」
兄が戦った時の印象から、その可能性を引き出した。
言葉が理解できないか、喋れない程度の能力ながら、その殺傷性の高い身のこなしは、狩人のそれであった。
それに危険を無意識のうちに察知して、目覚めた後の身の守り方は、無意識の防衛本能のようだと思った。
それほど一切無駄のない、流れるような攻撃だった。
蹴られた腹がまだ痛む。
そんな一撃。
「危うく死にかけたよ」
と兄は笑ったが、カイの顔は真っ青だった。
「ごめんなさい…兄さま」
「いや、謝ることはない。お前の獲物の中で最もいい!大金星だ!」
逃した女は必ず見つけられるという自信があった。
そして、もしその民族を見つけられれば、新しい可能性が出てくるかもしれない。
そんな期待に、アラステアは胸が躍っていた。
カイにとっては、殺されかけたのに嬉しそうにしている兄が不思議で首を傾げるばかりだったが。
#3
しかしアラステアの予想に反して探索は難航した。
ひとつには、逃げた女からは属性を示すような信号が拾えなかったこと。
野生動物に近い生命体だと、混沌としたサインを発生させるので特定するのが難しいのだ。
まして周囲は樹海で、方位磁石も意味をなさない土地柄でもあった。
(もしかするとすでに死んで信号が立ち消えているのかも…)
口に出しはしないが、カイはそう考えていた。
彼は未分化の生命体の弱さを、よく知っているからだ。
また兄上を悲しませてしませ、落胆させてしまう事への怯えが、カイを苦しめていた。
そんな諦めかけていた彼のところに、樹海から少し離れた場所でも小さな地方のコロシアムがあり、近々そこで『夜伽の儀』が開かれると耳にした。
「兄上いかがですか、気晴らしに」
「興味はない!それよりお前もそろそろ生身の女を知った方が良いぞ」
と逆に行ってこいと言われてしまったので、カイは兄に付き添いをお願いした。
首都と違い、地方の『夜伽の儀』は小規模なものがほとんどで、属性の区別なく『メス』も行われるので正式なものとは言い難いレベルではあるが、その分気が楽かもしれないと考えてのことだ。
兄は弟のカイに対しては甘々なので、逃げた女の探索にヤキモキしながらも付き添いを快諾してくれた。
#4
『夜伽の儀』は身分の差がないので、いつものように黒いフードを被りローブを着て参加した。
みすぼらしいに近いようなコロシアムであったが、小さいが故に祭壇や壇上はかなり近く、臨場感を身近に感じることができた。
『メス』は更に独特で、対象となる女性が少なく、その属性もきちんと判別されないままなので、壇上に設置されたカナぺで、指名した娘をビアズリー人が粛々と抱いて行く。
それを見たカイはショックを隠せなかった。
「人前で⁉︎とんでもないよ兄さま」
「少ない器を壊さない配慮なんだよ。ほら、今指名した者が途中で抱くのをやめただろ?そして次の者に代わった…」
「あ、ほんとだ」
「少ない器の中から適合者を見つけるための工夫なのだろうね」
彼らは、器となる娘達を大切に扱い、制御する事に長けているように見えた。
どのビアズリー人も、礼節を欠かさない紳士的態度であり、それがむしろ呪われた民族の悲しみを際立たせていた。
「でも恥ずかしすぎる…」
ピュアなカイは、顔を真っ赤にしながら俯いて視線を上げることが出来ないでいる。
「他人の性行為を見ることで、自分の欲望を完全に満たすことは、かなり高等で知的な技術でもあるから」
とか、
「お前にはこうした学問的快楽が向いているのかもな。ただ、優秀な遺伝子を失うのは困るので、いつかは伴侶を見つけなければならないよ」
そんな兄の蘊蓄が続いていたが、ふと言葉が途切れた。
あれっとカイが兄を見ると、瞬きもせずに壇上に釘付けになっていた。
その壇上には異様にも板に括り付けられ暴れてもがいている、追っていたあの女が姿を見せていたのだった。
兄は直ぐに壇上目指して身を翻したが、壇上近くにいた堅牢な体躯の大男が既に板の上で身動きできない女の身体に覆い被さるところだった!
兄は鬼の形相であろう事か、手刀ひとつでその大男を一撃のもとに倒し、次いで縛られていた女の意識も失わせると、その鎖を解いてあっという間に抱きかかえて風のように去ってしまった。
コロシアムの人々は、あまりに一瞬のことで暫く何が起きたのか理解できずに皆呆けていたが、その後大騒ぎとなった事は残されたカイが身に沁みて知ることとなった。
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