竜虎相搏-りゅうこそうはく-★5

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竜虎相搏-りゅうこそうはく-★5

生け捕りにした美しい獣 「いったいどんな生活を送ってきたんだ?お前は…」 オーブリーの城内にある王専用の祭儀室に、連れ去った女を寝台に横たえたアラステアは、未だ意識の戻らぬ相手に問いかけた。 余程抵抗したと見える身体は、全身傷だらけであったが、そこから流れ出る血さえ美しいと思う。 アラステアは獣が互いを慈しむ時のように、ひとつひとつの傷を丁寧に舐めて光属性の異能を使って癒していった。 あとは、隣室の聖水を湛えた泉のような、身を清める儀式に使われる浴槽に、そっと女を抱きかかえて傷の癒えたその身体を洗ってやる。 ガラス細工を洗う如く壊さないように指を繊細に使って、隅々まで女の身体を清める行為に、アラステアは本能の赴くまま没頭する。 なぜかわからないが、愛おしくて愛おしくてたまらないのだ。 ただこの身体に触れていたい… 光輝くエメラルドグリーンの髪と真珠色の肌が、艶々と蘇り、アラステアは恍惚となって我を忘れて見惚れるのであった。           #1 「相変わらずひどい男だねぇ、お前は」 呆れ顔のエドマンドを前にして、アラステアは未だかつてない上機嫌な様子で、友人の苦情を無視した。 「カイはお前のような兄を持ったせいで、もっと女嫌いになったらどうすんだ⁉︎」 「ふふふ…。これも社会勉強というやつかな?」 「はぁ⁉︎帝王が摂理を破って女を拉致強奪なんて、シャレにもならない!世間さまにどう申し開くのか、教えてくれよ」 「もともと俺の女だ!!何言ってんだ?アホかお前」 「ちょっとマジむかついたわ。殴らせろ…」 と言うが早く、その後二人は取っ組み合いの喧嘩になっていつものように引き分けるまでやり合ったのだった。 こうでもしないと、エドマンドもやり切れない。 なぜなら、あれから祭儀室のその女を誰にも一切触れさせず、カイにすら見ることも許さない徹底ぶりなのだ。 大変な後始末をさせられた彼らにしたら、ちょっとやきもちどころで済まない、憤懣やるかたない状況である。 もちろん帝王とは言え、神聖な儀式をめちゃくちゃにしたのだから、さすがのアラステアも密かに殴った相手のところに教皇を介して後日訪問していた。 しかしそこでも「あれは俺の女だ」と当たり前のように主張して、納得いかない相手から勝負を申し入れられ受けて立った挙句、ボコボコに倒して意気揚々と戻って万事オッケーな…訳あるか⁉︎ 普通は謝罪するよなぁ…と、情け深い弟カイがあれは帝王の女だったと内密に話をつけたところ、相手が恐れ慄き逆に平身低頭されて、もっと面倒くさい事になったなんて、気にもしていないルンルンの兄だった。 どっちが子どもなんだか…           #2 アラステアが自分しか入れない祭儀室に女を囲ったのには、実際そんなロマンスもどきのエピソード故ではない。 あのコロシアムの探索武官が50人ほどかけて怪我人続出の上やっと捕まえ、その中の最も強いとされた男が勇気を出して祭壇前に立ったところで、アラステアに殴り倒され…その男達にとってみれば踏んだり蹴ったりだったであろう。 そんな武勇伝を持つ野生児の女である。 知らずに入ったら、まず生きて出られる保証はない。 女は死にものぐるいで襲いかかって来るので、アラステアの強さを持ってしても、異能を使わない短期戦なら互角か… この半年変わらぬ凶暴さを保ったまま、手懐ける事はできていない。 現状を知られれば、危険生物のレッテルを貼られるのは必至。 また美しい同族種を探すための餌にされるか、研究材料にされるか…どちらにしてもここから出れば、この女は終わりだろう。 アラステアはこの女を、決して傷つけたくなかった。 何とかして解決方法を見つけなければと日々試行錯誤するのだが、月日は流れるばかりだ。 それでも少しずつ、対応の仕方は分かってきたように思うが、まだ他の者の目に晒す事は難しい。 まず会話ができない。 威嚇する唸り声や、負けてくみ伏された時の雄叫びは悲しさに満ちているが、涙や言葉が出て来た事はない。 我が身の何かを守る為に、反射的に攻撃してくる姿は ずっと変わらず誇り高い獣のそれだ。 服を着る知識も無かったのか、裸のままで縦横無尽に動き続ける姿は、白竜のように飛ぶが如く。 予想もしないところから、攻撃が仕掛けられるのにアラステアは生傷が耐えなかったものだった。           #3 アラステアは、女を密かに『リュウ』と呼んだ。 「リュウ!腹が減ってはいないか?」 そう声をかけて食べ物をアラステア自らが運んだが、ここに連れて来られた時から、アラステアが不在でも置いてある食べ物は何をも口にしなかった。 水すらも。 ひとりで居る時も、ずっと部屋の角で身体を守るようにうずくまって動かないでいるようだった。 アラステアが姿を見せて近づけば、警戒して唸るような声を出す。 衰弱は目に見えて明らかだった。 見兼ねて手ずから食べ物を口に入れてやろうとしたら、危うく手を噛みちぎられそうになり、以降はやめた。 小さく美しい口から垣間見る白い歯は、愛らしくさえ思えるが、噛みちぎろうとする速さは食虫植物のようなものだ。 噛みつかれたら最後と、冷や汗が出た。 そんなリュウだったが、とうとう戦うのにも限界が見え、アラステアによって寝台に組み伏されて身動きが取れなくなると、肩で荒い息を吐きながらもう動けなかった。 いつもなら射るような眼差しを向ける深海の瞳を、観念したかのようにゆっくりと閉じた。 アラステアが、束縛していた力を抜いても横たわったままもう動かない。 「死なせるものか…」 アラステアは、口に冷たい水を含むとリュウの唇に当て、自らの口伝てでその水を喉に流し込んでやった。 拒否する事もなく、喉を鳴らして水を飲むリュウ。 どれほど飢えていたのか… 哀れに思いながら、何度も水を飲ませてやる。 その度にリュウの白く長い喉が、上下して息づく。 その動きの艶かしさに、思わずその頬を右手で優しく撫でてしまったら、リュウはカッと目を見開いて、アラステアの銀色に輝く瞳を凝視した。 それでも抵抗できる力は無いと悟ったのか、抗うことはせずただ水を飲み込んだのだった。           #4 アラステアはリュウの睨みつける瞳の中で目をそらさず、食べ物を口に含んで食べてみせ、それをおなじように彼女に口移しに運んでやった。 すると、今度は食べ物を咀嚼して飲み込む。 また彼が口に食べ物を含んで、食べさせてやる。 ふっくらとした柔らかな唇が、アラステアの唇を吸い取るように動き、あっという間に喉に流し込んでゆく。 何度も何度もそれを繰り返していくうちに、アラステアの身体の中の火照りが炎の塊となって立ち昇る。 「お前とひとつになりたい…」 その瞳に向かって願うが、深海の瞳は揺らがない。 ただ小さな口を上品に動かして、咀嚼する。 その音すら、淫靡に耳に残る。 欲望を限りなく抑えて、アラステアは身体を離し、部屋を後にした。 「きっとまた…」 抱いてしまえば、欲情の焔でリュウの身体は一瞬のうちに消え去るのか、子を宿して消え去るのか。 どちらにしても、失うことになるのだ。 アラステアに愛など必要ない。 必要なのは、帝王を迎え入れる器だけ。 それ以上を望んだら、今のこの帝国に未来はない。 王は虎であり続け、竜穴に入ってはならないのだから。
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