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桃源郷-とうげんきょう-★6
折れない心
戦いに明け暮れる日々は変わらない。
それでもアラステアが触れようとしなければ、
リュウは無闇矢鱈に襲ってくることは無くなった。
祭儀室を訪れると、寝心地の良い寝台に丸まっているリュウが、鋭い眼光を向けるものの、じっとアラステアを警戒しつつも睨むだけであった。
アラステアは十分距離をとって、寝台に腰掛けると静かに本を読む。
そのうちリュウの寝息が微かに聞こえるのをそのままにして、彼もいつしか寝入ってしまうようになった。
アラステアは朝目覚めると、リュウが浴室の近くで用を済ませる場所と決めたところの掃除をしてやったり、歯磨き(死ぬ気で挑む)など身綺麗にさせる戦いを挑む。
それから食事を取りに行って、またひとしきり抵抗されたあと、アラステアが勝って抑え込めれば、口移しに食べさせてやる。
毒入りで無い事を、確かめているのかもしれない。
どちらにしても、諦めずに戦いを挑んでくる。
負けを認めるまでは、食べようとしない。
「面倒なやつだな…」
と言いつつも、そうした日常をアラステアは楽しみにするようになった。
身体は自分でどうやら水遊びをしているのか、訪れる度に綺麗になっている。
抑えつけた身体からは、何の花の香りか分からないが甘い彼女の香りがしていた。
#1
帝国総将エドマンドから正式に申し出があったのは、それから間も無くの事だった。
リュウの引き渡しについてだ。
ビアズリー人にとって、出産人口を維持することは最も重要な政治的課題である。
異能を受け入れる事が可能な女体の確保は、科学技術の進歩でいまだ解決できない現状では、必要不可欠な案件となっている。
例えそれが、"帝都人"や他の種族らにとっていかに野蛮な行為であったとしても、ビアズリー民族存続をかけて行い続けなければならない。
リュウは捕獲された時、どの属性にも属さない未知の生物と診断されている。
もし、異能を受け入れる能力を持ち、かつ壊れない器であるならば、ビアズリー人の念願が叶うのだ。
エドマンドは友人としても、アラステアの望みを叶えてやりたかった。
そして、おそらく彼らの関係に未だ進展がないことも悟っていた。
また、帝王に進言できるのは自分しかいない事も…
「研究対象にするか、同一種を探す為に利用させるか、決めてくれ」
エドマンドは、無表情で帝王に決断を迫った。
「明日より連れて探索に行く」
アラステアは即断した。
帝王として、自分の気持ちを優先することはできない。
だが、研究材料には決してさせたくない。
とは言え、一度海辺を逃走して追った時に同一種族にまったく会う事はなかった経緯から、リュウは突然変異種なのではないかと考えていた。
だとすれば、唯一の研究対象にさせるしかない。
惑星オーブリーの研究施設で、その一生を送るのだ。
何が彼女の幸せなのか…
そう考えてしまう、アラステアであった。
#2
その日、弟のカイに連絡を取り、
「あの惑星で、あの女と同一の種族が他に生存していると思うか?」
単刀直入に、問うた。
「わからない…。
外見や身体能力の進化は帝都人やビアズリー人にかなり近いのに、あまりにも原始的な行動原理に基づいて活動しているし…
でも言葉もまだとなると、あの惑星では1000万年前位遡ってしまうよ。
『イルカ』だって言葉はあるのに、おかしいよね」
カイは、アラステアと似たような結論に達しているようだった。
明日からあの惑星"地球"に行く。
カイにも来るようにとだけ伝えた。
#3
地球は、"帝都システム"には全く入ることのないような、見捨てられた宇宙のひとつに属している。
中では絶えず生物達が争い、どの種族も生き残りをかけて凌ぎを削っていた。
それは種の保存から言えば当然の事で、ビアズリー人も"帝都システム"同様介入する気もなく、一貫して静観を続けていた。
200万年ほど前から、現在の"人間"と言われる種族が地球を支配しはじめ進化を遂げていたが、それは強大な力をもつ"帝都システム"からしてみれば、まったく価値を持たない生物に分類されている。
かと言って、そんな辺境に好んで住む酔狂な"帝都人"もおり、古くから"ファンタジア"という帝都人街があることは知られていた。
もし、リュウと同種の生物が見つかったとしても、ビアズリー人がその生物を集中的に狩っているとなれば、"帝都システム"のアンテナに直ぐに引っかかってしまう。
政治的駆け引きは、常にアラステアと高官達の手腕にかかっているのだ。
#4
探索はアラステアの予想通り、新種の発見は困難であった。
リュウと呼んだ娘は、何故か地球について全く知らないという事が段々とわかってもきた。
他の者達ではあまりに暴れるので対処できないため、仕方なくアラステアの異能の力で制裁を加えつつ、いつも同伴していた。
噛むので口は開かないように、洋服を引きちぎらないように、蹴りや殴るなどの動作に移らないように…
四六時中アリステアが異能を加減しつつ力を使い続けなければならないので、さすがに消耗が激しくなっている。
「帝王とは思えない下僕ぶりだなぁ。ふふふ」
とその状態を揶揄して笑ったエドマンドを密かに殴ったのは言うまでもない。
反してカイにはお気に入りの惑星である地球で、嬉々として新種の生物探しを楽しんでいる。
特に好きな『イルカ』の生息する惑星でもあり、カイは以前からここのビアズリー人街"桃源郷"に足繁く訪れていた。
ビアズリーの"桃源郷"は、帝都人の"ファンタジア"とは規模も違うし、気づかれないようにニューヨークに本社を置き総合商社の形態をとって実際に商売を組織的に行なっている。
今日はカイに付き合って、"桃源郷"がニューヨークのリトル東京に出店している甘味処"NIMURA"に来ていた。
そろそろ次の選択肢に進めなければならないという、兄への配慮もあったのだろう。
街も店も、心和ませる空間だった。
それこそいつもは鋭い眼光と殺気を漲らせるリュウが、リトル東京では物珍しいそうにキョロキョロとして興味深そうにしている。
ビアズリー人は男しかいないので、"桃源郷"は男ばかり、勿論"NIMURA"も例外でなく、店主のニムラは渋めのダンディーな男性で、従業員もイケメン揃いが売りなので、それ目当ての若い女性客も多く賑わっていた。
ニムラが、馴染み客のカイの前にイルカを形どった羊羹の載ったブルーのかき氷を持ってくると、カイはホクホク顔で食べ始めている。
エドマンドは磯部餅を注文し、アラステアはクリームあんみつなる代物を頼んでいた。
アラステアの隣に座るリュウが、珍しくあまりにじっとそれを見ているので、試しにアラステアはいつものようにひと匙すくって自分の口に放り入れてから、リュウの口の中へ押し込んでやった。
こくこくと顎を動かして咀嚼すると、もっとよこせという目をするので、仕方なくアイスクリームも混ぜて口一杯にほうばりつつ、リュウの口へ運ぶ。
リュウはよほど気に入ったのか、アラステアの口をその小さな唇で舐めとるように吸い上げている。
その様子を、愕然としている目の前の二人だけでなく、周囲のお客もポカンとして見つめている。
「お、お前…」
エドマンドは、言葉にすらならない驚きで自分の焼き餅を落っことしてる事にも気づかず手が止まった。
カイは、目の前の現象を理解しきれずこれまたショートしたように動けないでいる。
「ん?ああ?こうしないと疑って食べないんだよ。
そういやぁ自分から食べたいと要求するのは初めてかもな…」
いやいや…そこじゃないでしょう…
本当に面倒くさそうに唇を何度も合わせて、自分は食べもせずにリュウに全て食わせ終わると、同じようにお茶も飲ませてやっている。
その真っ白な上下する淫靡な喉や可憐な唇に、見目麗しく嫌でも表面的には目立つ二人の様子をそっと覗き見ていた客達が、終いには黄色い悲鳴をあげた。
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