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☆4 はかなきもの
あぁ…星が綺麗ね
カミーユの腕の中から見る夜空は
凍りついた砂漠の闇の中で、星を光る小さな宝石のように輝かせて、それはそれは儚く感じさせた。
偽りの光
もう一度滑らかで、引き締まった意外にも太い腕と胸にユリはもう一度顔を埋めた。
密かに経歴を調べていたその頃から
カミーユという人物に何故か強い興味を抱いていた。
実際に会って言葉を交わす毎に
その知性や人柄を現す上品な顔立ちや
アッシュベージュの瞳の奥の寂しげな光に
なんと魅力的な人だろうと思う。
失うには惜しい男だ…
彼の体は、ほのかに乾いた土の香りがして
抱かれると大地に包まれるような安心した気持ちになる。
ユリは彼の香りを自分に移しとるかのように、
艶かしくもその美しい脚をカミーユの身体に絡めた。
#1
可変物質『エニグマ』の発見は、世界を一変させた。
技術力でその効果を最大限に引き出すことに成功した"帝都人"と、それ自体を身体に取り込む事で力を発現させる力を得た"ビアズリー人"。
ビアズリー人の能力は、世界に未だ明かされていないが、もしこのふたつの種族が対等な規模で戦ったならばどちらが勝つのだろうか。
おそらく誰も予測はできない。
ウィルコック村の武道場は、総木造りの2万㎡ほどでそれ程広くは無く、円形競技場のような中央には硬い土が敷かれて床となっているシンプルな作りだった。
誰も観衆の居ない中で、どれだけ時間が経ったのだろう。
もう空には星が瞬いていたが、エドマンドとフェードはちっとも気がつかなかった。
エドマンドは土と水の属性を持つ異能を発現出来るが、帝都人を前にして使用することはできない。
フェードは『エニグマ』を様々な武器に変化させる技能を持つが、その技術を持たないビアズリー人と戦うので、必然的に素手か一般的なスポーツ用の武具を使う事となる。
ふたりは武道場にある剣をそれぞれ選び、剣技を交える事となったのだ。
#2
フェードの可愛らしい雰囲気から、長官付けのお飾りと思っていたのがのっけからエドマンドの間違いだった。
その態度を見下されたと見てとったフェードの内心は、男の中でいつも感じさせられていたのと同じ屈辱感と怒りで燃え盛っていた。
フェード・カントールは、武官を多く輩出しているカントール一族の中でも現在いちにを争う使い手だ。
カントール家は、ユリのシエスタ家と同様裏の仕事を請負う一族でもある。
多くの平穏を守るためには、誰かの自由を排除しなければならない時が必ずある。
表向きは武官のカントール家も文官のシエスタ家も、裏の顔を決して見せる事なく汚れ仕事を常日頃実行し続けている。
陛下によって裁決された命令は、絶対である。
極々一部の者しか、知らない闇。
ユリのこうした任務は、恋人のロバートにも知らされていない。
ケンは、陛下の一翼を担う立場となってからは知る事となったであろうが、親友といえどもおくびにも出していない筈だ。
そんな数多の実践歴を経ているフェードの剣が、お嬢様のお飾りであるわけもなかったが、エドマンドはそんな事情を知るはずもなく、遊び半分で向かったのだからたまったものではなかった。
#3
フェードの背は180cm ほどでも、2 mを越える身長とおそらく体重は倍はあろうエドマンドの分厚い肉体からすれば、見る者がいれば余りにも細く頼りない印象の女性に勝ち目があると思うはずもない。
ところが、フェードの太刀捌きは全く見えない。
手始めは沖田総司に転生したと言われる、カントール先祖直伝の『3段突き』にて、エドマンドはあっという間に一本取られていた。
これが真剣だったらと思うと冷や汗が流れたが、それでフェードが実際に人を殺せる技術者である事をエドマンドは身を持って知った。
それからは実戦さながら殺し合い覚悟の本気の戦いとなっていった。
受け損なえば、死ぬ恐れもあるギリギリの戦い。
楽しい〜楽しすぎるぅ〜!
フェードは心の中に湧き上がる喜びに身悶えしていた。
それほどエドマンドの太刀捌きは、見事だった。
加減する事なく打ち合える腕前の相手は、帝都ではなかなかいない。
うわぁ〜!キレッキレじゃないのぉ〜!
うぉぉ〜これを躱すかぁ〜やるなぁ!
じゃあこれはどおだ〜!!!!
と心の声が漏れでそうな勢いのフェード。
楽しすぎて、もう歯止めが効いていない…
#4
エドマンドは、フェードのしなやかな肢体から音もなく繰り出される次々の技を受け切るだけで精一杯だった。
摺り足と思しき足捌きから、滑るように体が自在に方向を変えて、普通は踏み出す先から読むことができる太刀筋が全くわからない。
フェードの身体が余りに柔らかいのか、何処をどうしたらこの方向から剣が現れるのかさっぱり理解できない。
それでも、エドマンドはその身体能力の高さから反射的に避けたり、断ち切る為に仕掛けたりと息を抜く暇がなく技を掛け合うしかなかった。
そんなふたりの姿は次第に流れる水の如く、まったく無駄の無い立ち合いとなっている。
そこではふたりだけの恍惚とした無限とも思える時を享受し、果てなく溺れ続けて夜が更けていった。
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