ひめごと -☆☆1

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ひめごと -☆☆1

まだまだ力不足だ 三人で一緒に過ごした幼少時代から いつも俺は子ども扱いなんだよなぁ… ユリは年上だから、俺やケンを甘やかしてくれた 姉のような存在。 だけどいつの頃からか俺は ユリをひとりの女として見るようになっていた。 彼女はシエスタ家生え抜きの才女として あっという間に頭角を現し、現在の地位に就いた。 ユリの仕事の複雑さはトップシークレットで、 俺はもちろん、ケンさえ全貌は明かされない事ばかり。 一時はそんな状況に、 苛々してユリ自身に当たった事もあったが。 いつも何食わぬ顔で、変わらない彼女。 今はフィアンセのような立場でいられる俺に 出来ることはなんだろうと ロバートはふと輝く満月を見上げた。           #1 今回地球に派遣されたのは、ロバートひとり。 "帝都"の見解を、"ファンタジア"の代表のようなアイン博士に伝える役割だ。 実際、パシリのような立場なので気楽だった。 地球には、知古のケンやルイもいるし、あまり深刻な伝令とは考えていなかった事もあって、今日こうしてアイン博士から冷淡とも取れる反応が返ってくるとは考えもしなかったのだ。 「帝都は、"ファンタジア"の価値だけを重視して、今の地球そのものは見捨てるおつもりですな」 単純に、結論はそう言えるだろう。 犬ながらアイン博士の眼光は鋭かった。 「そこまで地球にこだわるのは何故ですか? 博士もこの惑星(ほし)の先が短いことは十分わかっているはずでしょう? あなた方はここで共に果てるには惜しい存在だと言っているのです」 「我らの価値など、次の世代に譲ればよい。そもそも価値の善し悪しなど決める事こそ愚かな行為ではないのか? ロバート殿下」 確かに他者に迷惑をかけているわけではない彼らが、この惑星と共に生命を終わらせる道を選んだとしてもそれは自由だ。 死を選択する自由… "帝都人"の果てなく長い人生からしたら、何処かで全てを終わらせるという自由も認められる。 また脳の記憶を消して、全く新しい自分を作り出す科学力もある"帝都システム"では、それは死と変わらない。 逆に以前からの記憶を残せば転生と呼ばれる。 地球で言われる自殺と何処が違うのだろうか? 博士が推しの日本では『自殺対策基本法』が施行されて、自殺防止を呼びかけているという。 またある国同士では、この瞬間も戦争で望まぬまま多くの死者が出ているという。 何という矛盾した世界なんだろう。 「誰もが救われる世など無いんじゃろうな…」 そう呟くと、思い出したように博士が 「この前は惑星スミスも、消失したようだのう」 と急に話しを向けてきたので、流石の早耳に驚きを隠せず聞き返した。 「なぜそれを?」 ロバートも、その件に関してはモヤモヤした気持ちを持ったままだったからだ。           #2 「伊達に長くは生きておらんのじゃよ」 とだけ博士は言うと、笑った。 ロバートが仔細を知らないことをその表情から瞬時に見抜いていたようだった。 「地球も惑星スミスのような運命を辿るかは、まだ決まった事ではなさそうだ」 天才の名を欲しいまま世に轟かせたアイン博士。 その表情からは何も読み取れず、ロバートは伝令の役割を終えた。 ロバートはその足ですぐに、以前訪れたスコットランドにあるマナブの城へと向かった。 マナブはわざわざ、ロバートの為に地球に居てくれたようだったが、そんな事はおくびにも出さない。 初夏の緑が美しいエディンバラにある城は、からりとした風が気持ちよく吹き抜けていて、鬱屈としたロバートの胸をさっぱりとさせてくれる。 マナブは、昔から無口でありながら何でも見透かしている魔法使いのような雰囲気を漂わせていたので、この城がよく似合う。 グリーン系タータンチェックのトラウザーズに、黒のセルの眼鏡と柔らかな黒髪。 最初に会った時から印象がほとんど変わっていない。 それが今のロバートにとっては、一番の安定剤となった。           #3 「僕が焼いたんだよ、このパンケーキ。スコットランドのアフタヌーンティーにはこれだよね。美味しいからたんとお食べ」 小さく薄く焼いたパンケーキを、何枚も何枚も重ねてあるメインのお皿からはバターのこんがりと焼けたいい匂いが漂っている。 その周囲には、手作りの様々なジャムやクロテッドクリームを盛った小皿が所狭しと並んでいた。 マナブがポットから紅茶を注ぎ、パンケーキを小皿に器用に取り分けてくれる間、ひとりのバトラーも顔を出さない。 マナブもほとんど喋る事がないので、ロバートは城から見える湖に浮かぶ小舟などを眺めながら、パンケーキを口にした。 思いの外空腹だった事に気づいたのと、あまりにも美味しかったのであっという間にメインのパンケーキ皿は空っぽになった。 「あー美味しかった! 旨いなほんとに」 「ふふふ…でしょ」 マナブは当たり前と言わんばかりの笑顔を、ロバートに向けた。 「ここに居る事が、決められていたように感じるんだよ。この頃…」 「マナブには、しっくりくるって感じだもんな」 「ここで生まれ育ったんじゃないかと思うこともあるくらいだからね。ゆっくりして行ってよ」 誘いを受け、また"ファンタジア"の自分用の執務室に戻る気になれず、地球滞在中はこの城で過ごすことにしたのだった。           #4 前回ユリと来た時よりも、穏やかな休日のようになったロバート達だったが、ふたりで過ごすことは以前はほとんどなかった。 ロバートにはケンや、ユリが。 マナブにはルイや、事故前ならジェルがほとんど一緒に居るのが常だったからだ。 夏とは言え、夜は少し冷えるのでゆっくりスコッチを飲みながらキャンドルを多めに灯らせた部屋は、居心地が良い。 酒の力もあってか、珍しくロバートがユリの事を話し始めたので静かにマナブは傾聴していた。 マナブが思うには、ユリは家柄が彼女の生き様に影響し、それをロバートがどの様な形で共に歩めるかを模索するしかないようだ。 生き物は自由に人生を歩めるなんて、夢物語だと思っている。 生まれた境遇、周囲の環境、時、巡り合う人…そんな様々な影響で、無限の選択肢などと言うものは、はなから存在などしていない。 生きれば生きる程、選択肢は狭められてゆくのだ。 しかし地球人は、あまりにも短い人生でその夢を掴むため努力している。 その姿が、哀れで美しい。 ユリとロバートも、もしかするとどんなにしても選択出来ない時が来るかも知れない。 そんな事を考えながらも、マナブはロバートの気持ちを受け止め続けた。 大分夜も更けたので、休もうかとふたりが片付けながらロバートがぽそりと呟く。 「ケンはジェルと結婚しちゃったしね…俺もしちゃおうかな」 「え?? ジェルと結婚?」 「ああ、知らなかったっけ」 マナブは、あまりの驚きで絨毯の上に皿を取り落とした。 「あの事故の直後に結婚式の予定だっただろ…事故で戻らないと分かっても準備済みの書類をそのまま提出したって言ってた。ケンはもうジェル以外の誰とも添い遂げる気は無いって事さ」 「…こ、後継者は?」 「作らないつもりだろうな。おかげでこっちはいい迷惑なんだよ、次期陛下候補者のひとりになっちまった」 ロバートは、マナブの動揺に全く気がつかず寝室に入って行った。 結婚した…。 マトリに伝えるべきか考えると、胃液が逆流しそうになったマナブだった。
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