暁闇-ぎょうあん-☆4

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暁闇-ぎょうあん-☆4

違う誰かに… 地球に来て映画なんかを沢山観させられて、自分もこの役割以外の存在になれるのだろうかと、そんな思いに囚われる時がある。 "帝都システム"に疑問があるわけではない。 どの世界にも秩序は必要だ。 そしてそのシステムも、常に進化し変化をし続けている。 より良き世界を構築するために。 例え今までの記憶を全て消し去ったとしても、自分の適性が今の職種にある事は、疑いようがないだろう。 個体特性とはそうしたものだ。 もし、ベースとなる個体特性を捨ててしまえたとしたら、もはやそれは自分では無くなる。 なのでただ表面的な記憶が消えただけなら、結局同じような生き様になってしまうのではないか。 違う誰かが、この心の穴を埋めてくれる日が来たとしても、また同じような相手を追い求めてしまうのか? どうしたらこの空虚な感覚は、無くなるのだろうか。 短い一生の"地球人"のことを、ケンは少しだけ羨ましいと感じた。 a44845cd-d3f9-4c7a-bea9-f10934e48655           #1 次から次へと、仕事はやってくる。 それを苦痛に感じた事は、今までになかった。 彼女を失った後も、唯淡々と仕事をしてきた。 いかなる時も仕事を苦痛などと感じなかったが、ファンタジアに来てからというもの、何かが蝕まれているような感覚に囚われていた。 仕事が思うように進まないからだと思っていた。 身体が鉛のように重く感じる。 もう動きたくない、そんな弱音がまさか自分の身に生まれるとは、ケンには信じられなかった。 どんな感情もコントロールしてきた。 あらゆる悲しみも、受けとめて来た筈だった。 何としたことか…。 弱い気持ちを振り切るように、ロバートの仕事をあらかた片付け終わった切りのよいところで、身体を動かすためトレーニングルームに向かう事にした。           #2 ケンがトレーニングルームに着くと、夜明け前という事もあってか、普段使用中であればシールドで覆われて中は見えないのだが、忘れているのか、一心不乱にラケットでボールを追う黒髪の女性の姿が丸見えだった。 そのトレーニングルームの一角は、スカッシュのような競技場となっていた。 スカッシュと違うのは、個人が重力を自在にコントロールできる能力のおかげで、キューブ状の6面全体を使って360度ボールをラケットで追い続ける事ができる。 長い黒髪を束ねた女は、ケンにも気づく事なく、一心不乱に壁を蹴ってボールを四方八方に打ち返し続けていた。 見ていると、わざと高度な技術を必要とする難解なコースを自分に打って、自分を痛めつけるようなプレイを強いていた。 ロックは掛けられていなかった。 ケンは思い切ってプレイルームに入り、彼女の打ったボールをタイミングよく打ち返した。 彼女は一瞬ひどく驚いた表情をしたが、反射的にそのボールを打ち返していた。 その後はラリーの応酬である。 負けん気の強さは、ジャックという主任を言い負かして去った様子からも見て取れたが…強い。 ケンの身体能力の高さを考えても、互角にやり合える相手とはさすがに思ってもいなかった。 どれだけラリーが続いたか分からなくなった頃、思いっきり天井の床を蹴って打ち返そうとしたケンの前で、相手がケンを躱そうとして身を捻った時、ふとした拍子で女がバランスを崩して転倒しそうになった。 ケンは無意識に、左手を伸ばして相手の腕を引っ張り上げようとした。 『ジェル!』 無意識にケンの口から、その名が溢れたその途端!! 事もあろうか、彼女は差し出されたケンの手を突き飛ばしていた。 驚いたて、伸ばした左手は無残にも床に叩きつけられ、グギッという音と共に、ケンは床にのびてしまった。 「あああっ〜!!!ごめんなさい!!!」 我に返った彼女は、すぐさまケンのもとに駆け寄って腕をとった。 「いや…大丈夫。こっちこそ本気だしてしまって…」 「ご、こめんなさい!こ…っ。これ骨折してます…」 彼女はさっと腕を調べると、何を血迷ったか、よりによって怪我をした左手首をがっちり握って引っ張り上げた。 「ぎゃー!痛ってぇ!!おまえ何す…」 彼女はそんな叫びも聞いちゃおらずに、折れた腕を掴んだままぐいぐいと引っ張って、トレーニングルームから連れ出して行く。 呆気にとられたケンは、痛む腕に逆らえずそのスピードについて、どんどんと迷路のような通路を進まざるを得なかった。 気づくと侵入禁止となっていた"謎の医療班"エリアに踏み込んでいた。           #3 ケンが誘われたのは、四方を漆黒の壁に囲まれた、医療班に共通する治療ブースで、帝都のシステムに匹敵する洗練された空間だった。 周囲の壁の前には、透明なスクリーンが無数に立ち上がり、高速で遺伝子情報が流れている。 清らかな水が流れているかと錯覚するような床の中央には、通称『棺桶』と呼ばれる透明なシェルターがぽつんとひとつ置かれていた。 シェルターの中には、トロンとした無色無臭の液体がたっぷりと張られて揺らめいているのが見えた。 「君はやはり医療班だったのか…」 ケンの呟きを耳にして、マトリはちょっと舌打ちしたくなった。 (やっぱり聞かれていたか) 幻覚とおぼしきすれ違いをした時、もしや聞かれたかと思っていたが。 さすが、帝都の切れ者。 ほんの一瞬だったはずだか、姿まで記憶していたとは相変わらずの抜け目なさだ。 パニクル頭のその片隅で、妙に感心してしまう。 うーん、仕方ないか…。 ケンが、次の問いかけをしようとするのを遮って、 握っていた彼の左腕をいきなり捻り上げたかと思うと、背負い投げよろしく、ケンの身体を『棺桶』の中に投げ落とした。 まさかの激痛と、更に骨の折れた音が室内に響いたと思った瞬間、ケンは『棺桶』に閉じ込められてしまっていた!!!           #4 突如『棺桶』の中に不覚にも閉じ込められたケンは、本当に何が起きたのか分からなかった。 満たされた治療液の中は、呼吸も楽にできるが、入れられた時にはぽっかり開いていた治療シェルターの扉は、あっという間につるんと綺麗にロックされ消え去っていて、一瞬で狭い空間に横たわっている事しか出来ない状態になっていた。 さらに満たされた治療液のせいで、声も口から出せない。 [すみませんが、これから怪我をした腕の治療をさせて頂きます] 突然ケンの頭の中に直接響くように、これっぽっちもすみませんと思っていないような彼女の声が、サクッと聞こえてきた。 [ゆっくりお休みください…] (は⁉︎) 一方的すぎる展開に、呆気にとられて文句を言う間もなく、直ぐに強い眠気が襲ってきた。 (やられたな…クソ女!) 麻酔薬が使われた事を悟ったケンだったが、後悔よりも先に、彼女の声と共にまた蘇るあの白い花の香りに酔わされたまま、深い眠りに堕ちていった。
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