螺旋-らせん-☆8

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螺旋-らせん-☆8

奥さまがいる???!!! そ、そっか。 そうだよね、あれからどんだけの年数が経ってると思ってるんだって話しだよね。 ふーん。 結婚したのか。 まあ、誰だっていいけどさ。 ふーん。 なぁんだ。 心配して損したじゃん。 そりゃ、彼の立場ならね。 モテるし。 ふーん。 ふーん。 でも幸せそうじゃないじゃん。 あんなに疲れちゃってさ。 忙しくて一緒にいられないのかな? ちょっと可哀想かも…。 ま、いいんだけどさ。 もう私には関係ないし。 ほんと、その方が安心したよ。 本当に、ほんとだよ。           #1 ファンタジアの執務室のソファーで、長い脚を優雅に組み直しながらマナブはケンの言葉を待った。 先程まではフェードもいたのだが、全ての報告書を確認し終えてケンの許可が出たので、それらを"帝都"に送るために部屋を出て行ったばかりだった。 ふたりになったあとは、沈黙が流れていた。 「いつからここに出入りしていたんだ?」 「10年ほどになるかなぁ…。案外居心地悪くないでしょう?」 マナブはにこりとしてみせたが、彼の感情は昔からよみづらい男だ。 ケンや、ロバートも公の席では感情を表出しない方だが、マナブはそれ以上だとケンは知っていた。 最初に出会った時にマナブは、ルイとともにジェルから紹介された。 三人は幼馴染のような間柄であったが、ケンとジェルが子どもの頃からダフネの咲く丘で会っていたのは知らなかったようだ。 若くして三人ともが"帝都"で働くようになってから、ジェルはふたりをケンに紹介した。 それからは自然と、ケンとロバート、ユリの幼馴染組と、ジェル、ルイ、そしてマナブは連んで仕事をする事が多くなっていった。 飛び抜けた能力を持つ彼ら6人は、"帝都システム"の中であっという間に頭角を現し、次世代を担う最も有名なグループとなっていった。 あの事故で、ジェルがいなくなってからしばらくの間は、ルイとマナブは"帝都"ではなく帝都システムに含まれる様々な地域の管理職に志願しては、各地を転々としていたようだが、その後連絡が取れなくなっていた。 「数十年ぶりか…会うのは?」 「ですね。お久しぶりです」 こいつは、こういう男だった…ケンはそう思い出して、担当直入に話しを切り出すことにした。           #2 フェードとの朝食を終えたあと、ケンは、丸3日も治療されていた事にまず驚いた。 そして、その間に今回の調査書類が全て仕上げられているのを確認して、さらに驚かされた。 挙句今回の目的の"謎の医療班"の詳細も、全てまとめられていたのだ。 ケンは絶句するしかなかった。 今回の報告書で、太陽系の中でのファンタジアの状況がほとんど詳らかになったということだ。 ただしファンタジアを利用する"帝都人"の出自についての部分だけは明確に記載されていなかった。 それを知るには個体識別検査をそれぞれ受けてもらうしかないが、犯罪者でもない彼らの自由を束縛する権利は"帝都システム"には存在していない。 なので"謎の医療班"のメンバー構成は記載されていたが、どこでその技術を磨いたのかも本名なども不明なままだった。 しかし、これ以上の詮索は困難だというぎりぎりのラインで、その報告書は見事に完成されており、これを持って調査終了として良いと判断できる材料となっている。 「確信犯か?」 「何をおっしゃいます。全て偶然ですよ」 しれっと答えたマナブであったが、何を思い出したのか急に腹を抱えて笑い出した。 涙を流して笑い出したまま、止まらない。 呆気に取られたケンは、普段笑う事の少ないマナブの爆笑する姿に言葉を失った。           #3 「あ〜もう死ぬかと思ったよ。ふふふふ…ははは」 「おいマナブ、大丈夫か?」 笑い止まないのでさすがに心配になり、駆け寄ったケンを手で制止しながらも、まだ腹を抱えている。 「いや、思い出しただけだよ。ケン」 「何を?」 「骨折られたシーン。ふふふふ…。ケンが背負い投げされるって…ははははは…。モニターで後からこそっと確認しちゃったんだ…ふふふふふ。あれを間抜け面って言うんだね。いやぁ…楽しすぎる」 腑に落ちたケンは、真っ赤な顔をしてマジでマナブの首を締めにかかった。 「ギブギブギブギブ〜!!!」 「うるせー!!思い出させるな〜!!」 ふたりとも落ち着いてきたところで、結局その話に触れないわけにはいかなくなった。 「ケン、あれはね。マジで不可抗力なの」 「は⁉︎ 不可抗力で骨折られるってどういう事?」 「マトリはね、びっくりしちゃったんだよ」 「マトリ?ああ?あの馬鹿女のことか」 そういえば医療班名簿にもその名前があった。 確か、脳解析技術者と書いてあったはず。 それで腕がいいわけか…と感心してる場合じゃない! 「絶対俺の脳の解析したよな!アイツ!」 「さあ?」 「"帝都"から送られてきた個人の仕事の分まで、綺麗さっぱりやり終わってたんだよ!」 「良かったじゃない」 「いいわけないだろ!それもロバートの分の書類の判断もだぞ!それも、完璧にって…あり得ないだろ?」 「あり得るよ。あのマトリならね」 「最機密事項だぞ。お前だって事の重大さがわかるだろ?」 マナブは落ち着いた声で、真っ直ぐにケンの目を見ながら諭すように話し出した。 「大丈夫。俺が保証する。マトリは信用して大丈夫だ。それに、たった3日で脳みそ全て解析できるほど、ケンの情報量は小さくないでしょ?」 マナブの真剣な物言いを聞いたら、この男がどれほどマトリに信頼を置いているかすぐに理解できた。 マナブが保証すると言い切った人物なら、まず間違いはない。 (それにしても…。あの判断の正解さはなんだ?まるで自分や、ロバートの思考パターンを全て読んでいるかのような) 思案顔をして黙り込んでしまったケンに、マナブは柔らかい物腰で近づいて肩を抱いた。 「お久しぶりケン。逢えてとても嬉しいよ」 その温もりで、ケンはやっと友人との再会の実感が湧いてきたのだった。           #4 マナブはどちらかというと、参謀タイプの能力の持ち主だった。 いつもクールで、筋が通っていて、芯が揺るがない。 それでいて、柔軟に対応できる竹のようなしなやかさを持ち合わせていた。 そんな彼がおそらく最も信頼を寄せていたのは、ジェルじゃないかとケンは思っている。 ルイは、三人の中ではムードメーカー的存在で、彼らは絶妙なバランス感覚で関係を築いてきたのだと思う。 だからこそ、ケンがジェルを失ったのとは違う意味で、彼らの中で彼女の不在を受け入れるために試行錯誤する時間が必要だったのではないかと、姿を消してからはそう考えるようになった。 静かに酒場のマスターのイルカと話すマナブを見遣って、ケンはそんな事を思ってグラスを空けた。 ひとまず調査の終結を祝ってと、アイン博士がふたりを行きつけの店で奢ると気前よく言ってくれたので、博士を挟んでケンとマナブはカウンターに並んで、イルカの新作カクテルを味わっているところだ。 「さあてケン!仕事も片付いた事だし、しばらく休みを取って行きなさい。ワシが色々案内してやろう!」 「博士…今度はどこに行きたいんです⁉︎」 「ふふふ、分かる男だねぇお前さん。明日のチケット取ったから一緒に行こう!」 「どこのチケット取ったんですか⁉︎また無理なとこでしょう?絶対」 「ガルパン博覧会じゃ!!!」 「ガルパン????何ですか卑猥そうな。てか博覧会って、犬無理でしょう⁉︎」 「手は打ってある。マトリにインビジブルスーツを創らせたったで〜!!!」 「それ違法技術ですよ…」 「悪用はせんし、お前さんがついておるんじゃ。誰も文句は言えまいて」 「…言えますよ…。おいマナブ、お前も黙ってないで博士の相手しろよ」 「博士のお気に入りは、ケンくんなんですよ。ねぇ博士?」 「そうじゃ、そうじゃ!天才アインが気に入ってやったんじゃ〜!ありがたいじゃろて!」 酔っ払って楽しそうな博士と、ケンのやり取りを嬉しく聴きながら、マナブは敵わないなと思う。 ケンは無類の人たらしである。 折れない相手と判断しつつ、そんな相手に対していつの間にか頭を下げさせてしまっている。 それも緩やかに、自然に、相手を懐にしまってしまうのだ。 その上で潔く負けて見せもする。 人の上に立つのに不可欠な能力。 こういうのを天賦の才というのだろう。 マナブの愛した女性も、奴の懐に収まってしまった。 その時は悔しさよりも、腑に落ちた感じだった。 ケンは知らないだろうけれどね。 「ふふふふ…」 と、またマナブは思い出し笑いを密かにするのだった。
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