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一夜明けて、悲しみに暮れながら頑張って作った御包みに卵を包み、赤子の如く胸に抱えた。
里の伝統で、卵を温める御包みは自分で作るのが決まりである。
如何に頑丈に温かく卵を守れるかが重要だが、その装飾も力量として量られる。
裕福な家なら上等な布地を誂え、豪華絢爛な御包みに出来るが、生憎と翠の家はそんな余裕はない。
亡き母に叩き込まれた刺繍で布地を補強し、薬師の父が保有する薬草園の害獣駆除ついでに捕った兎の毛皮を裏地に使うのが精一杯であった。
(何で、よりによって王竜の伴侶なのよ…!)
不貞腐れながらも学舎に向かうべく、彼女は手提げを引っ手繰った。
王竜の伴侶を育てることは、里の者にとってはこれ以上ない誉れである。
総領である榧ノ宮の狼神竜である王竜は強烈な妖力を持ち、その力に当てられることなく次なる王竜の卵を産み落とせる竜を【王竜の伴侶】と呼ぶ。
それを成獣まで育て上げた者は、伝統として榧ノ宮の花嫁花婿に迎えられるのだが、問題はこの竜の雛が物凄く病弱で、途轍もなく気性が激しい傾向にあるという事―――。
過去、王竜の伴侶の卵を任された先輩達が何人も途中で雛を死なせたり、その気性の荒さに匙を投げている程である。
その癖、そんな難しい雛の世話を押し付けられたのに、きっちり竜育てを失敗したというレッテルを貼られるのだから堪ったものではない。
(普通の竜が良かったのに〜!)
我が身を嘆く内、学舎の己の席に到着した。
抱える卵には申し訳ないが、病気ばかりする手間の掛かる竜を育てるほど翠の家に余裕は無い。
日々、父と一緒に薬草を育ててはそれを調合し、時には母直伝の治癒の妖術を使って里の人々の傷や病気の手当てをしているが、患者が少なければその分、収入も減る。
季節によっては森で狩りをして毛皮を売ったりもするが、それも獣が獲れるか否かの運次第。
何より、素朴な生活をしてきた彼女にとって、総領の花嫁など別世界過ぎて荷が重かった。
身の丈に合った長閑で平凡な生活が一番であった。
(取り敢えず孵化するまで絶対、誰にも卵を見せない!王竜の伴侶だと知られたら私が終わっちゃう!榧ノ宮様のお嫁なんて花嫁修行が地獄過ぎる!)
そんな決意を胸に卵を抱き締め、新たに抱卵を始めた翠に興味津々な同級生に目を光らせた。
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