孵化

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孵化

 卵を授けられて一月が経った頃の休みの日だった。  いつものように布団の中で卵を抱えて寝ていると、腹の辺りで何かが動く感触がした。  まさかと恐る恐る肌掛けの中を覗いてみれば、円らな瞳と目が合った。  殻の中で動き出しているのは感じていたが、予想外の孵化であった。  狼神竜の卵の孵化は産卵から半年と言われており、人の手による抱卵は産卵から一ヶ月以内の筈。  想定よりも早い誕生に慌てて残りの殻を割ってやり、生まれた雛を布団に包んで父の元へとすっ飛んで向かった。  父もかつて自分の竜を育て上げた経験者であり、家の隣の薬草畑では今日も父の竜が豪快に野を駆けて遊んでいた。 「こりゃまた生成りかい!縁起が良い!」  畑の傍らにある小川で竜の身体を洗ってやりつつ父は大笑い。  狼神竜の毛色は白に近いほど縁起が良いと言われる。 「ほら、すっきりした?」  柔らかい布で体を拭いてやりつつ、体の異常がないかを確認。  ついでに雌だと知った。  雄なら此度の花嫁候補から外れることが出来たのだが―――。  王竜の伴侶と言っても生まれてくるのは雌とは限らず、伴侶の卵は翠や蘭姫の他にも傑蓮の里でも選ばれた子供に預けられている。  それぞれ無事に育てば今後、王竜自身が伴侶を選ぶ見合いの儀式が随時行われる予定だ。 「そういや名前はどうするんだ?」  そんな父の問いに暫し悩んだ。  雛を抱き上げ、特徴から名前を考えた。  綺麗な生成りの体毛に金色の瞳と全体的に色が薄く、聞いていた通りひ弱そうに見える。  ―――折角生まれたのだから、強く元気に育って欲しい。  そう思った時、雛の向こうに(えんじゅ)の木が見えた。  沢山の白い花を咲かせ、逞しく風に揺れる様が美しい。 「(ファイ)の木…、ファイにする!」  そう答えた瞬間、雛がピィ!と大きく鳴いた。  まるで、気に入ったと言わんばかりの鳴き方に、思わず父と二人で大笑い。 「よぉし!これから宜しくね、ファイ!」  気を改め、翠はぎゅっと無事に生まれてきた相棒を抱き締めた。 
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