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「えー!? 今日カレーなん!? お昼もカレーやってんけど」
「ええっ!?」
習い事から帰ってくるなり、娘の桃香は不満そうな声をあげる。ただいまの方が先でしょ、と思いながら私はグツグツと煮立つ鍋を見つめた。ルーを溶かす前なら方向転換のしようもあったけど、もう後には引き返せない状態だ。
「あんた、カレー好きやから一日三食カレーでええって前に言うてたやん。なら、ラッキーやん」
「はあ? そんなこと言うてへんし!」
「ええー」
私が言い返したことで、桃香はわかりやすくぶんむくれた。思春期に向かって筍のようにスクスク育つ娘は、言うことが毎日変わるお年頃。これで自分では筋が通ってると思ってるんだから始末におえない。
「なあ、前から思っとったけど、わざと同じもの作っとるやろ。私を困らせるために」
なんだそれは。私が我が子を困らせることで何の得があるのだろう。そこまで意地が悪い人間ではないけど、桃香が確信を持った表情で私を見上げる姿は、アニメの小学生探偵もかくやといったところで。
「うーん」
おたまをもうひと回ししてからコンロの火を止める。言われてみれば確かに私の作る夕食はやたら給食とメニューが被る。体感では十日に一度くらいだけど、週に二回ということもあった。
自分でもちょっとおかしいだろうと思うレベルだけど、決して故意ではない。だって、
「なんでよ。献立表見てないのに無理やろ」
毎月学校から配布される給食の献立表。最近は近隣のスーパーにも張り出されるようになった。存在は認識しているけれど、我が家ではプリント入れの底に埋もれてしまっている。
夕飯を作り始めてしまった頃に存在を思い出すこともあるけど、その時点で見てもあまり意味がないし。
桃香は大袈裟にずっこけるようなそぶりを見せると、
「いや! 見いよ! えええ、見てなくてかぶったん? 怖ッ! ありえへん」
何らかの才能を感じさせる華麗なツッコミを繰り出してくる。
いつの間にか機嫌が治っているようなので、私はさらにひとつボケてみることに。「何を言えば面白いやろ」と数秒考えて、
「……そう、実は給食のメニュー考える人な、お母さんの双子の妹やねん。考えることが同じなのはしゃあない……
……って給食と夕食のメニューが被ったときに言い訳したことあるんよ」
「いや、何それ。どうして献立表を見ない? それで全て解決するでしょ。見て。ちゃんと見て」
「ごめんごめん。つい存在を忘れてしまうんよね」
まるで小さな子供に言い含めるかのような口調が、何だか懐かしくてくすぐったい。やっぱり、ずっと一緒にいたような心地よさだ。
「それに変なこと言って子供を騙すのはどうなのよ、桃子」
「おもろいこと言って、笑かそうと思っただけよ」
私が口を尖らせると、ひばりは呆れたように笑う。
「まあ。まさか自分に双子の姉妹がいたなんてね」
――そう。私には生き別れた双子の姉妹がいた。
あのカレーの日のあとすぐに行われた授業参観で、私たちは数十年ぶりに再会することになった。
私は特別講師として教室に入ってきたひばりを見た瞬間、頭のてっぺんからつま先まで電気を通されたみたいになった。一目惚れをした時にどこか似ている、血ががざわめくような感覚とでもいうのだろうか。後で知ったことだけど、ひばりもまた同じことを思ったらしい。
一卵性双生児である私たちの顔は瓜二つ。しかも出会った時は示し合わせたかのように髪型や化粧、服の色合いまで似通っていて、向かい合えばきっと鏡合わせ。その場が大きくざわめくほどにはそっくりだった。
色々とあって、生まれてすぐに別々の家庭に引き取られて生き別れてしまった私たち。両親が生みの親でないことは高校に上がる時に知らされたけど、姉妹がいたことまでは知らされてなかったので驚くばかりだった。
それが全てでないことは我が身を持って知っているけれど、娘以外にも血の繋がりがある人間に出会えたことは素直に嬉しい。きょうだいにずっと憧れていた上に、別々に育ったというのが嘘のように気が合うのでなおさら。
ちなみに詳しく調べてもらったら妹なのはわたしの方。まあ、どっちが上かなんて元々はひとつの卵だった双子にとっては、きっと些細なことだけど。それに、
「給食の献立って二カ月前には決めるし、それに色々な人が関わってるから、被ってたのはただの偶然だと思うけどね」
「なーんだ。そっかあー……勉強になるわ」
「まあでも、確かに桃子とは結構気が合うとは思うけどね」
「双子やからね」
私の目の前で紅茶をすすりながら笑っているのは……私の姉で、職業はこの街の学校給食センターに勤める栄養士さんだ。
〈完〉
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