世忍と作楽と桜の樹

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世忍と作楽と桜の樹

「桜は嫌いだ」  じっと見つめた視線に気がついたのか、染ヰ(ソメイ)世忍(ヨシノ)の呟きが響いた。 「俺を見ているみたいで」  その視線は変わらず、満開と咲く桜に注ぎながら。 「なるほど。重々理解しているつもりだったが、毎年のようにそう言われると傷つくね」 「違う、お前に言ってるんじゃない。……作楽(サクラ)、分かってるだろ」  はあ、と溜息をつく世忍に対し、くつくつと革津(カワヅ)作楽は喉を鳴らすようにして笑ったのだった。  作楽と世忍が出会ったのは七年前。  都市型私立学園に入学した際、同じくクラスに驚くほどの美少年がいて話しかけない道理が作楽には無かった。  それからかれこれ、何かある訳でもなく、ずるずると友人関係を続けている。だから毎年、春が近づくにつれ度に機嫌が悪くなるのももはや恒例行事であった。 「毎年毎年懲りないね」  校舎屋上。柵に手をかけ並びながら、作楽も同じように桜を眺める。 「これが俺のアイデンティティですらある。桜を嫌うヤツなんてこの時代に居ないだろ」 「それはどうかな? 桜の花粉への過剰反応(アレルギー)を持つ人もいるかもしれないよ」 「……どうだか」  投げ槍な返答で会話が切れる。  彼の憂いを帯びた横顔は、美しさと精悍さを併せ持つようになり、より一層人目を奪うようになった。それはまるで桜が蕾を綻ばせるかのように。 「なんだよ、ジッと見て」 「いや。変わらず綺麗だなぁと思ってね」 「お前もほとんど俺と変わらないだろ」 「変わるさ、違うよ。君と僕は」 「同じような遺伝子(デザイン)で生まれてきたのに?」  その問いに、作楽はぐっと押し黙る。  デザイナーズチャイルド。  ヒトゲノムの解析の集結と未曾有の氷河期の到来を受け、人類は生き残るために特化した遺伝子操作済みの受精卵から新時代の担い手を育て上げた。――その過程に、多大な犠牲を生への冒涜を孕みながら。  それから数世紀。その素晴らしくも忌むべき技術の活用は、今も僅かではあるが権力者のステータスとして残存していた。 「それでも、さ」  顔の造形こそ似ているが、作楽の髪も目も黒く、世忍のソレとはかけ離れている。 「僕と君は異なる者だよ、世忍」 「じゃあ、アイツらはどうだ?」  丁度タイミングを図るかのように、桜並木の対面。学内の屋外ホログラムに映る広告に桜の色の髪に空色の瞳の美人が投影される。その色合いと中性的な美しさで春色の口紅をアピールする姿は。 「知ってるんだろ、俺は贋作(レプリカ)で――学園の外には本物(オリジナル)に認定された染井美乃(おれ)が居るって」  ほとんど、世忍と瓜二つ。  デザイナーズチャイルド。そのクローン体を利用した唯一無二の美しさを持つ同位体タレント集団・染井(ソメイ)美乃(ヨシノ)。その一員となるはずだった世忍は、性格上の欠陥、能力の欠陥、身体的な欠陥、これらの理由から贋作(レプリカ)とされた。  ただ、量産されたのは本物と贋作だけではない。 「……それを君の欠陥(エラー)品の僕に言うのも大概じゃない?」  その言葉に、ハッと世忍は虚をつかれたように息を呑む。  色合い、体格、風格の時点で贋作にすらなり得なかった者。それが作楽――欠陥(エラー)品。  この私立学園は、必要とされなかったデザイナーズチャイルドのための箱庭だった。多くの子どもが、多くの権威を持つ大人の都合で作られ、捨てられて行き着く場所。作楽も何かの為にデザインさせた子だと思っていたものの、まさか自身の欠陥(エラー)品であるとは世忍は思いもしていなかった。 「……悪い、そういうつもりじゃなかった」 「分かってるよ。世忍がそんな良い性格してないって」  いや、本当はとうの昔に気がついていたのかもしれない。  似た器に似た魂というものが降りるのであれば。気難しいと呼ばれる染井シリーズの中で一際扱いづらいと呼ばれた世忍と、同じ遺伝子(デザイン)欠陥(エラー)品の作楽が惹かれあうのも道理である。 「作楽にしては強い物言いだね」 「……桜が嫌いなのは君だけじゃないってことだよ」  ぼうっと、作楽も咲き乱れる春を代表する花を見つめる。 「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし、……なんて」  ソメイヨシノ。  唯一、接木で繁殖することで氷河期を乗り越えた桜の品種。一本一本、見える全ての木が元は同じ一本の樹であり、兄弟で姉妹で親子である歪な存在。そうでありながらも爛漫と咲き誇るその姿は、否応なく心を躍らせるように掻き乱す。  世の中の美しさを固めたタレントと言わしめさせる、染井美乃のように。 「いっそのこと切り倒せたら良いのにね」 「やめとけ。疲れるのが関の山だわ」 「確かに、そうだ」  ぴゅうと吹き上がる風で、遠く遠く舞い上がる花びらを作楽は見つめた。世忍と共に。  散り際でなら何処か遠くにいけるなら、いつか自分も。そんな淡い期待を抱きながら。  だからそれまではひたすら、根を張ろう。  地を這い、養分を蓄え、空を見上げよう。全ての感情を糧にして、息をしよう。 「ね、世忍。来年は恨み言でも言いながら夜桜を見ようか」 「なんだそれ。悪くねぇな」    それは氷河期の寒さを耐えぬいたソメイヨシノのように。育ちゆく二人のサクラは花開く日を待ち、箱庭の中で――唯一無二の心を磨いている。
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