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鍋島さんには敵わない
「私、あなたのようなヘタレ大好きなので」
その台詞が耳に何度もリフレインしたあと、俺はぱちくりと目を覚ます。
また、あの夢だ……。つい先日、憧れの鍋島さんに告白をしてOKをもらった。その時の光景が未だに何度も夢として現れる。確かに失敗してもダメージが少ない十三日の金曜日に告白した俺が悪いけど。告白成功した瞬間、ベラベラと喋っちゃった俺が悪いけど。
はぁとため息をついて時計を見る。
「しまったぁぁぁぁぁ!!」
今日は鍋島さんとのデートの日。ついうっかり寝過ごしてしまった。
パパパと支度を整えて飛び出すように家を出る。遅れたら怒られるだろうか? いや多分怒らない。正樹くんって駄目ですねとにこやかに笑うだけだろう。俺にとっては、そちらのほうが辛い。鍋島さんはヘタレが好きだと言っていたが、こちらとしてはヘタレ返上したいに決まってる。とにかく急げ!
待ち合わせ場所の駅前。鍋島さんは時計を見つつ待ち構えていた。口元や眉を見ても怒っている風はない。俺は鍋島さんの前に直立不動で敬礼する。
「お待たせしましたぁぁぁぁ!!」
鍋島さんは、フッとにこやかに笑う。
「十時三分。三分の遅刻ですね。それもはじめての」
「すいませんでしたぁぁぁぁ!!」
「正樹くん、うるさいです。行きますよ」
鍋島さんは、なぜか俺のはじめてを奪うことに執着している。色んなことに対して経験の足りない俺の初体験を目にしたいのだそうだ。今日もたまたま、はじめての遅刻だったから笑って許してくれたのだろう。多分二回目ならめっちゃ怒られる。怒りそうで怒らないのが鍋島さんではあるけれど。
「もう春ですねぇ」
並んで歩く鍋島さんは頭上の桜を見上げて呟いた。
「そうですね。お花見もいいなぁ」
「そう言えば私たち付き合って間もないから、一緒にお花見をすれば、それははじめての経験になりますね」
「ああ。それもいいですね」
「そうですね。ならやりましょう。これから」
「へ? これから?」
「これからです。それとも正樹くん、何か予定立ててましたか?」
「……ごめんなさい……」
「なら決まりです。予定も立てられない正樹くんが彼氏で良かったです」
俺のハートに刃がいくつもグサグサと刺さる。駄目なはずなのに、俺の駄目を鍋島さんは普通に楽しんでいる。
スーパーでお弁当と飲み物とお菓子を買って、桜が満開の公園に向かい、俺らはベンチに腰をかける。鍋島さんに桜の花びらがひらひらと落ちてきて、つい綺麗だと思ってしまう。
「風流ですね。甘酒も買ったんですよ。お酒は飲めないけど甘酒で乾杯しましょ。未成年らしく」
鍋島さんはレジ袋から甘酒を二本だして、一本を俺に渡す。二人で一緒にプルタブをパチンと開ける。
「乾杯」
鍋島さんの甘酒の缶に俺は俺の缶をコツンとぶつけた。
「乾杯」
「ふふ。初乾杯ですね。いつか本当のお酒を飲むときも一緒にはじめてをやりましょう」
にこやかに笑う鍋島さん。常にリードされている俺だが、そこを差し引いても鍋島さんは綺麗だと思う。見た目だけで小動物みたいな人だと判断していたが、鍋島さんは滅法強い。一目惚れで中身まで判断はできなかったけど、やっぱり憧れの人だ。
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