一章 影の病

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「まったく…… これだから爵位の優劣も理解出来ない次女は嫌いなんだ。侯爵の私より伯爵を取るなど、よっぽどまともな教育を受けていないのだろう。いや、そうに違いない、でなければ私があんな男に負けるわけがないのだからな。いやぁ、まったく危ないところだった。危うく我がルーティック侯爵の爵位に傷をつけてしまうところであった」  ルーティック侯爵は近くを通ったメイドからワイン入りのグラスを強奪すると、何食わぬ顔で次の獲物に視線を向ける。 「はじめましてお嬢様。私はルーティック侯爵フリーク・マブロイと申します。どうでしょう、お一人の様ですが"侯爵"の私と一つ踊ってはいただけませんか。もちろん、恥はかかせませんよ。あっ、すみませんまだお名前を伺っていませんでしたね」  ルーティック侯爵は一人の若い女性に詰め寄る。しかし、女性は「すみません」と言い愛想笑いを浮かべると颯爽と、その場を立ち去った。避けられている…… 「なるほど。無理もないか。侯爵である私を目に入れられるだけでも光栄だというのに話しかけられたともなれば怖気付くのも無理ない。まったく困ったものだ」  ルーティック侯爵は、ここまで誰にも話かけられなかった理由を独自に解釈する。  しばらくすると、会場内が一瞬静まり返る。宮廷の正門から複数の護衛とともに入場する大柄な男。その男に視線が集中する。 「チッ まだ、来ておらんか。わざわざワレが早く来てやったというのに、もったいぶりよって…… おい! 早くワレに何か飲むものを持ってこい」  その独特な空気感、身だしなみ、そして良く肥った腹。誰しもが一目でぺテック公爵であることに気がつく。爵位の最上位に位置する公爵を前に会場が騒めきだす。 「これは、ぺテック公爵。また、お会いできて光栄です。覚えていますか? 私ですルーティック侯爵です。以前何度かパーティーに招待いただいた者です。まさか、ここでまたお目にかかれるとは感激のあまり倒れてしまいそうです」  ルーティック侯爵は周りの目を気に留めず、我先にとぺテック公爵の前に出る。 「ああ、ルーティック侯爵か。ワレに何の用だ」 「いやぁ、実はぺテック公爵が、あの皇帝陛下の娘リアナ皇女と一度と言わず二度も、お見合いしたとお聞きしまして。ああ、流石は"公爵"の爵位を持つお方だ。きっと次期皇帝はぺテック公爵に……」 「ほう。ルーティック侯爵、貴様ワレをからかいにわざわざわ出迎えてくれたのか? まったく大きな口が叩ける様になったものだなルーティック侯爵」  ぺテック公爵は持っていたグラスを握りしめ、ルーティック侯爵に詰め寄る。その姿は、まるで動く巨壁の如く、ルーティック侯爵を影が包み込む。 「おっと…… ご機嫌斜めのようだ。では、わ、私は次の待ち合わせがありますので、この辺りで。また、お会いできる機会を楽しみにしています。では……」  ルーティック侯爵は圧に押し負けたかのように後退りする。あの様子では、おそらく駄目だったのだろう。  まったく、公爵ともあろう者が一度と言わず二度までも…… はぁ。
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