一章 影の病

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「六月二十五日、我が娘リアナとの久々の再会。楽しみだ…… まあ、お父様ったら私に会うのが楽しみだなんてこんな可愛い所もあったのですねっ」  姫はあからさまに嬉しそうに顔を照らした。筆記体からも分かる。間違いなく、この本の筆者は皇帝サリエフだ。 「あら……」  しばらくパラパラとめくっていると白紙の頁が続いた。どうやら途中で文が途切れたようだ。姫は、途切れる最後の頁へと戻る。 「二月六日、ベルク王国の併合を宣言。もはや、我が帝国に逆らう国は存在し得ない。よってここに伝書の完結を宣言する…… ベルク王国ってあの大国の? でも、あそこは数少ない友好国の一つじゃ…… それにいくらお父様でもあそこに攻め入るのは……」  姫はそっと頁を遡る。 「一月三十日、帝国議会はベルク王国の併合を決議…… 一月二十七日、王都を掌握…… 一月二十一日、王都を包囲…… 一月四日、同盟国参戦…… 十二月三十日、ベルク王国へ宣戦布告…… 十二月二十七日、帝国議会はベルク王国への宣戦布告を決議…… 一体何が起きて……」 バタンッ  その瞬間、姫の手から伝書が滑り落ちる。それに驚いたチュチュが慌てて部屋を飛び出す。それに目もくれず一心不乱に一点を見つめるリアナ皇女。 「十二月二十六日、リアナ皇女の死亡を確認。容疑者はベルク王国の使者であると特定された。明日、臨時国会を実施…… なんで、私が死ぬことに…… 十二月二十五日ベルク王国内で開催されるリアナ皇女の誕生祭にて使者によるリアナ皇女の暗殺を決行」  伝書を掴もうとする手は震え上がり、額からは水滴が垂れる。何かの間違いじゃ…… お父様がそんなことをするはずが…… 「ハッ!」  姫は咄嗟に身を隠した。ベッドと床のわずかな隙間に小柄な身体を押し込む。その時、部屋の扉が一人でに開きだす。誰かが中に入って来る。ランプの光はつけっぱなしだ。本を漁った跡もある。見つかる…… 姫の心拍数が上がる。  いや、そもそもなぜ隠れる必要があるだろうか。私はこの国の皇女だというのに。姫自身なぜ身を隠したのか理解できない。しかし、無意識に息を殺していた。何かが姫をそうさせた。  トンッ トンッ   侵入者が部屋を徘徊する音が床を伝ってハッキリと聞こえてくる。  早く…… 早く……   音は次第に姫の元へと近づく。 「チッ」  侵入者はしばらく部屋に滞在すると目的の物が無かったのか舌打ちをして部屋を後にした。しばらく静寂が続く。戻ってくる様子はない。姫は静かにベッドの下から出てくると隠し持っていた伝書を取り出す。姫は辺りを警戒しながら部屋の扉から顔を覗かせる。   ドンッ 隣の部屋の扉が勢いよく閉められた。今しかない……  姫は部屋を飛び出すと、ただ一心不乱に走り出す。息を切らし、階段を降り、廊下を駆ける。その視界には、もはや誰の形も映らない。    ——どれくらいの時間が経っただろうか。 「リアナ皇女、オルディボ様がおいでになっています。いかがなさいますか?」  部屋の外からミリヤが言う。とっくに社交会は始まっている。しかし、姫は部屋のベッドに寝そべったまま一人考え込んでいた。胸元に抱え込んだ伝書を、そっと枕の下に隠し入れると身体を起こす。 「入れて良いわよ」姫が言うと、オルディボはミリヤの指示で部屋へと入室する。 「姫様! どうされたのですか? 私が来るまで待つようにと言ったはずですよ」   オルディボは救急箱を手に、どこか慌てた様子で言った。聞くに、私を探し回って宮廷内を何周もしたそうだ。まったく、遅いと思ったら、なぜ真っ先に寝室に来なかったのか疑問で仕方ない。 「それで、これからどうされるのですか? 私としては、すぐにでも社交会に戻って頂きたいところではありますが……」  オルディボは姫の前で膝をつくと救急箱を開き、姫の手当てを始めた。本来ならば専属医がやる仕事ではあるが姫の意向で軽傷であればオルディボが一任することになっている。 「別に…… 特に何も考えてないわ。ただ、今はあまり気分が乗らないだけ。気が変わったら戻る。それとも、何か急いで戻らないといけない理由でも?」 「理由も何も。前も言いましたが、これは姫様の誕生日祭半年前の祝いを兼ねていますので、主役がいないのは少し寂しいと言いますか……」  動揺するオルディボに姫は追い打ちをかけ る。 「良いじゃない別に。どうせ私がいなくても社交会は進行し続けるわよ。去年だって私が体調を崩して休んだのに何の問題もなく終わったわ。所詮私なんか飾りよ飾り! 居たところで良い笑いものになるだけ。みんなそう思ってるわ。誰も本気で私の心配なんかしてないわよ…… お父様も……」  オルディボは手を止めた。心配そうに姫を見上げる。 「どうされたんですか姫様。何時になく感情的になっていますよ。私で良かったら話して下さい。姫様の気が済むまで相手になりますよ」オルディボは優しく微笑む。 「いいわよ別に。本当に気が乗らないだけだから……」  姫はそう言いながらも、視線をキョロキョロと枕元に向けた。 「ねぇオルディボ。貴方、私の専属護衛でもあったわよね。つまり、何があろうと私を守ってくれるのよね?」
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