一章 影の病

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皇帝はどこか悲壮な表情を浮かべた。  分からない…… なんで、こんなことを言ったんだろう。本当のことを言えば、それで全部終わったのに…… 全部…… 本当に? 本当にそれで終わったの……? 「そうだリアナ。今日は特別にリアナが昔から食べてみたいと言っていた林檎を用意しておいたぞ。なかなか入手するのに手こずってしまってな。遅くなってすまない。だが味は確かだ私が保証しよう」  皇帝はそう言うと、皿に盛られた林檎一切れを手に取り、口に入れ咀嚼する。まるで私に見せつけているかの様な表情。あまり見たこと無いお父様の緩んだ表情。  次に、皇帝は一切れの林檎を姫の口元に近づけた。 「一つ食べてみてくれ。リアナの評価も聞いておきたい。在庫が沢山あっても困るだけだからな」  お父様は、いつも全てを教えてくれない。表立ったことばかりで、その裏に隠れたことまでは何も教えてはくれない。  この、林檎だって以前まで存在していたヌーク王国の隣国イーデル公国が長年輸出規制していた物だ。林檎はイーデル公国の財源そのものだ。そんな国の命とも言える観光名物を簡単に輸出したりはしないはずだ。なら、なぜ今ここに。お父様は何も語らない。 「どうした? なぜ、食べないんだ?」皇帝は不思議と問いかける。 「その…… お父様…… 食事は地位の高い者からいただくのが礼儀ですので…… その…… お母様が、まだ食べていないうちはリアナもいただけません……」  姫は申し訳なさそうに応える。すると、皇帝は表情を一変させ皇后を見つめる。しかし、それはただ見つめると言うより鬼の様な形相で睨みつけていた。    "ドンッッ"  突如、大門が勢いよく開かれる。 「報告ですっ!」  一人の若い兵士が銃を背負ったまま大きな声を発した。その場にいた皆の視線が一点に集中する。 「おい、貴様。ここをどこだと思っている! 報告など後で良い! 今すぐに出て行け。でなければ……」陸軍大将バーグフが怒り狂った様に罵声を浴びせた。その痩せ細った老体からは想像も出来ない声量だ。隣に控えていた海軍大将デグラも続けて罵声を送る。しかし、兵士は諦めなかった。 「皇帝陛下に面会を求めておられます。今すぐに合わせろと……」 「貴様、まだ続けるか! 面会など、またいつでも……」  大将達は途端に黙り込んだ。皇帝が、そう合図を出したのだ。皇帝はゆっくりと姿勢を正すと姫から距離をあけ、次第に兵士の目の前にまで立ち塞がった。 「それで? 何用だ? 今日は何一つ面会の予定は無かったはずだが。こんな早朝にまで押しかけ私に面会を求めるとは、とんだ命知らずもいた者だな。そうは、思わないか?」  皇帝は威圧的な態度を兵士に向ける。 「その…… 教皇聖下が、直々にお見えになっております……」  場の空気が一変する。大将達が互いに顔を見合わせ、使用人達もまた、ヒソヒソと何かを話しかじめる。教皇聖下、確か世界で最も影響力のある宗教、ビブラム教の長だ。でも、なんで宮殿に…… 「はぁ…… まったく……」  皇帝はため息を吐いた。後頭部を掻きながら天井を見上げる。 「……発言を訂正しよう。なんと、仕事熱心な方だ。すぐに応接間に招いてやれ。私が出よう。イザベラ、役人達の相手をしてやれ。まもなく礼拝の時間だ。聖書と十字架も忘れるな。それと、何を聞かれても毎日欠かさず礼拝していたと応えろ。分かったな?」  お母様は「はい」とだけ返事をした。それを合図にしたのか、周りに控えていた使用人達が次々と動き出す。一人残される姫が口を開く。 「あの、お父様…… リアナは…… リアナはどうしたら……」 「ああ…… そうだな、お前はゆっくり朝食でも摂っていると良い。その後は…… 外回りでもして気分転換していろ。オルディボ、午後には街で凱旋パレードが行われる。それまでには戻れるよう、リアナを見張っておけ」  そう言うと、皇帝はゆっくり姫の元に近寄り、頭上に掌を被せ、覗き込むように一言。 「良い子にしていてくれよ…… リアナ」  しばらくすると、ダイニングルームには私とオルディボ、そして僅かな使用人だけが残された。姫は席に着くと、テーブルに並べられた食事を一望する。何をしよう……  姫は考え込んだ。特別暇なわけじゃない。今日が特別騒がしかっただけ。一人で食事をすることだって、とっくに慣れてる。後は、適当に暇を潰して、時間が過ぎるのを待てば良い。いつも通りの一日、何も変わらない。でも、何だろう。落ち着かない。お父様がいるから? 多分、違う……  「姫様? どうされました? 毒味が必要でしたら私が……」 「いい! 今日は、あまり食べる気分になりません。オルディボ、部屋に戻りましょう。もう、ここに用はありません。仕事の邪魔にならないうちに行きますよ」  姫はどこか落ち着かない様子で部屋を後にする。 「姫様! そんなに急いでどうしたんですか? 皇帝陛下の件でしたら、しっかり確認を取らなかった私にも落ち度があります。ただ、そんなに怒らなくても……」 「別に怒ってないわよ。お父様も言っていたし…… まあ、少しくらいは根に持つかもしれないけど」  姫はどこか嫌味ったらしく応えた。部屋の前に着くと姫が呟く。 「あれ? ねぇオルディボ、私のネックレス知らない? ああ、どうしよう…… さっきの部屋に忘れたみたい。オルディボ、急いで取ってきてくれないかしら?」  姫は不安気な表情でオルディボに懇願する。 「え? 別に私が行かなくても一緒に取りに戻れば良いのでは? 姫様も、この後昼食まで暇でしょうし、わざわざ私が一人で行かなくても……」 「はぁ?! ねぇ今、私に暇って言わなかったかしら? 一応、私皇女なんだけど? 忙しいに決まってるでしょ! 変なこと言わないで」姫はオルディボに詰め寄るように反抗的な態度で応えた。 「はぁ…… 一応聞きますが、この後の、ご予定は?」 「無いわよ! これから考えるから」  オルディボは頭を抱えると、少し面倒くさそうに応える。 「分かりました。では、すぐに取ってきますから姫様は、ご自分の部屋で暇でも潰しながら待機していてください。では、また後で」  そう言うと、護衛の男はゆっくりと探し物でもしているかのように、ゆっくりと歩いて行った。走れよ…… 「さてと…… ようやく、一人になれた」姫は溜め息をついた。  ネックレスは部屋の隅に隠してある。そう簡単には見つからないと思う。お父様もお母様も、今は客人の相手で忙しい。宮殿内の兵士達も大半は教皇達の護衛と、パレードの準備で手一杯。使用人も同様。やるなら、今しかない……
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