一章 影の病

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寝室の扉に手をかけ、辺りを警戒しながら部屋の中へと侵入する。入ってみれば、そこは朝に目を覚ました時と何ら変わらない光景かあった。散らかったベッドが良く目立つ。いつもの部屋の清掃は明日に回すようミリアには事前に伝えておいた。 「あった……」  姫はベッドの間に隠すように挟まっていた一冊の本を手に取ると、その中身を組まなく確認する。本を隠す前に、事前に他のページを巻き込むように紙の端を折り曲げておいた。もし、誰かがページを捲れば、その折り目が無くなるように。 「よし…… 誰にも見つかってない……」  姫は、そっと本を閉じた。大丈夫…… 何も難しいことじゃない。今は、宮殿内の警備も薄い。  後は、この本を昨日の、あの部屋に戻してこれば良いだけ。そして、全部…… 見たものを全部忘れれば良い。私は昨日、何も見なかった。  何も知らなかった。それで良い…… そうすれば全部終わる。また、いつも通りの日常が送れる。それで良い、それが私の本当の運命なんだから……  姫は抱きかかえた本をギュッと力一杯に抱きしめた。    "トンッ トンッ"    えっ…… 扉を叩く音が聞こえた。間違いない、この部屋の扉だ。誰? オルディボ? いや、いくらなんでも早すぎる。まだダイニングルームにすらついてないはず…… なら、ミリア? アロッサ? いや、それもない。今は各自の部屋で待機しているはず。 「誰ですか? 今、少し忙しいの。後にしていただけませんか?」  姫は、そっと手にしていた本をベッドの間に隠す。 「リアナ皇女? いらっしゃるのですか?」  女性の声がした。決して若くは無い。どこか太々しい声色。聞き覚えがある。でも、全く思い出せない。誰だろう? 「そうよ。それが、どうかしたの?」 「いらっしゃるのですね。それは良かったです」女は応えた。  突如、ドアノブが、ひとりでに動き出した。突然のことに姫は、ただそこに仁王立ちするしかなかった。 「ああ…… お久しぶりですリアナ皇女。しばらく会わないうちに、こんなに大きくなっていたなんて。時の流れとは本当に早いものですね」  扉の向こうから現れた、少し小太りの女は、悪びれる様子もなく姫に話しかける。その、背後には4人程のメイドが箒とバケツを手に待機している。 「ビアンカ…… 何してるの……」  姫は顔色一つ変えること無く、問いただした。ビアンカ、この小太りな中年メイドの名だ。それも、ただのメイドでは無い。ビアンカは宮殿内の全ハウスメイドを束ねるメイドの長でもある。 「あれ? 聞いてませんか? 今日は、私共がミリア達の代わりに、リアナ皇女の部屋を掃除するようにと……」 「誰が勝手に入って良いなんて言ったの? 皇族の寝室に許可無く入るのは御法度のはずだけれど。でも、今すぐに出ていくって言うんなら見なかったことにしてあげるわ」  姫は、どこか冷え切った態度で応えた。 「また、そんな怖い顔して…… でも、駄目。あんた達、さっさと始めるわよ! 入った入ったッ!」  ビアンカがそう言うと、外に控えていたハウスメイド達が続々と部屋の中へと侵入して来た。ハウスメイド達は換気のためか、窓を全開にする。 「ちょっと、何のつもり? ここはレディースメイドの管轄のはずよ。貴方達の管轄では無いはず…… それに、私は入って良いなんて一言も……」 「ごめんなさいねリアナ皇女。ただ、もう許可は取ってありますので」ビアンカは不敵な笑みを浮かべると、一枚の紙を突き出した。 「特別許可証……」 「そう。今日に限り、リアナ皇女の部屋は私達ハウスメイドが清掃する様にと、命令を受けておりますので」ビアンカは得意気に言ってみせた。 「誰が、誰が…… そんな命令を……」 「もちろん…… 皇帝陛下、直々にですよ。リアナ皇女。ほらっあんた達ぼさっとしてないでさっさとやるよ! 垢一つ残すんじゃ無いよ!」  呆然と立ちすくむ姫を他所にビアンカ達、ハウスメイドは次々と清掃の準備を始めた。  意味が分からない…… 特別許可証? そんなもの初めて見た。でも、確かにあの紙には、お父様のサインが入っていた。それを偽造したとは考え難い…… でも、何でわざわざこんな事をするの? 許可証を出してまでビアンカ達に部屋の掃除をさせる必要なんかない。他に何か理由があるはず…… 姫は本のありかに視線を向けた。 「リアナ皇女、と言うわけですから、しばらく部屋を空けていただきたいのですが……」 「嫌よ」  姫はベッドに腰掛けると、腕を組みビアンカに言い放った。 「何? 何か言いたそうな顔ね。それとも、その許可証には私を好きに部屋から追い出せるとでも書いてあったのかしら?」 「はあ…… まったく、仕方がない方ですね。少しは大人になったと思ったのですが…… 構いませんよ。でも、邪魔だけはしないでくださいよ」姫は、もちろんと応えた。  私が座っている、ベッドのすぐ下に本が隠されてある。もし、ここの掃除を始められたら間違いなく見つかる。それまでには、この本を外に持ち出さないと。いや…… 「ねぇ、ビアンカ。お父様は他に何か言ってなかったかしら?」 「さあ。私は、ただリアナ皇女の部屋を掃除するようにと命令を受けただけですよ。他には何も聞いてません…… ちょっと、ニナっ! あんた何してるの。代わりな。私がやるよ。まったく、いつになったら、覚えるんだい」  ビアンカは、メイドを叱るや否や会話を中断した。  やっぱり…… てっきり、あの本を見つけに来たのかと思ったけどビアンカ達は本のことを何も知らされていない。いや、私を欺くための演技の可能性は? それも、怪しい。そもそも、あんな国家機密に等しい本を、ただのメイドに探させるとは思えない。万が一中身を見られたとなれば大問題だ。    なら、この掃除に何の意味が…… たとえ見つかったとして、自分の物だと言い張れば良い。皇族の書物を皇族以外のものが許可なく見るのは御法度、ビアンカに本が見つかったところで、それがお父様のだと証明する術はない。 「リアナ皇女。そろそろベッドの掃除をしたいので、少しだけ退いていただけませんかね?」 「そうね…… 邪魔はしないって言ったものね」  大丈夫…… 大丈夫……
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