一章 影の病

22/36

49人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
姫は平然を装う。窓際に背をつけ、ビアンカ達を一望する。大丈夫、見つかったら直ぐに私のだと申告すれば良い。何も焦らなくて良い。大丈夫…… 「そう言えば、リアナ皇女。最近、図書館から何か本などは持ち出されましたか? 昔、良く本を借りて読んでいましたよね? 今は読まれないのですか?」 「そうね。最近は図書館にも行ってませんから。特に本は読んでいませんよ。最後に借りたのも、もう何年も前ですから」 「そうですか……」  ビアンカはそう応えると手を止めた。 「ところで、これは別件なのですが。最近、図書館から一冊本が盗まれた件はご存じですか?」ビアンカは、いつになく口数が多い。 「そう…… 初耳ですわ。まあ、あの図書館も広いですからね。一冊くらい盗まれてもバレないと、思ったんじゃないかしら」姫は適当な返事をする。  正直、それどころじゃないのに。 「そうですね。ただ、その本を何とか見つけてほしいと司書の者が言ってましてね。私も、どんな本かは知りませんが、それっぽい本を見つけ次第、一度回収するようにと言われておりますので。もちろん、リアナ皇女を疑っているわけでは無いですよ? どうか、ご了承下さいね。さあ、あんた達シーツを入れ替えるよ!」 「そう……」姫は呟いた。  えっ? 今、なんて言った…… 本を回収? 姫の表情から余裕が消えた。 「ちょ、ちょっと! 勝手に私の物を取るつもり? そんなの許さないわよ!」 「大丈夫ですよ。別に中身を見たりはしませんから。それが、盗難品では無いと分かったら、直ぐにお返しいたしますので、そんな心配なさらないでください。それに…… これも、皇帝陛下の決定です。貴族、使用人関係無く回収するようにと、もちろん皇族の方でも差別無く」ビアンカは作業に戻った。  まずい…… まずい…… 完全にやられた。あんな怪しい本、見つかったら一発アウトに決まってる。いっそ、拾った事にすれば? いや、そもそも私の部屋に、この本があったというだけで充分にまずい。    図書館で借りたことに…… さっき、何も借りてないって言ったばかりじゃない! こんな事なら、最初から隠さずに堂々と持っておけば良かった。どうしたら良い?   これから、どうすれば…… 次第に姫の呼吸が乱れる。 「姫様! ありましたよ。なんか、凄い変な所に落ちてましたけど…… これは……」  男は部屋を除くや否や、辺りを見渡した。 「これこれはオルディボ閣下! ああ、何とお久しぶりな!」  ビアンカは護衛の男を見た途端に手を止めると、側に詰め寄った。しかし、よく見ると、ビアンカ以外のメイド達また手を止め護衛に視線を向けていた。 「ビアンカ、これは一体どうなっているんだ? お前達の管轄は下の階のはず。何故、姫様の部屋に出入りしている」護衛は容赦なく強い口調で問いただす。 「実はですね。朝起きてみれば、突然こんなものが……」  ビアンカは徐に、あの許可証を取り出す。それを見るや否や護衛は、それを取り上げるように奪いとる。 「まったく…… また変な事を考えたもんだ。せめて、事前の知らせ一つくれれば良いものを。いつになっても、やる事は変わらないな……」  護衛は頭を抱えながら、ヒソヒソと応えた。 「と言うわけみたいですから。私達は邪魔にならないように、掃除が終わるまで適当に外回りでもして時間を潰しましょう。姫様……?」  すると、皆の視線が姫に集まる。しかし、姫は皆に背を向けるかの様に、開ききった窓の外を一人眺めていた。  左手で窓枠を掴み、右腕は何かを抱きかかえているかの様に、ギュッと胸を締め付けていた。 「姫様? そんな、外ばかり見て何かありましたか?」護衛の男はゆっくりと姫の元へと近寄る。姫は大きく息を吐いた。 「ねぇ、オルディボ。あんな所に花なんて咲いてたかしらッ……!」  時間が止まった。  その場にいた者たちは皆そう感じた。両足が地面を離れ、今にも窓から身を放り投げんとする皇女を前に場が静まり返る。  一瞬が、永遠に感じられる程の衝撃。  その場にいた誰もが動く事すら出来なかった。一人を除いて。 「姫…………」男は、全てを投げ払い、ただ一心不乱に走った。  姫の両足を確かに抱え込んだ。自らも身投げする勢いで身体を窓の外に放り出す男。その脚力だけが身体を支える最後の頼みだった。  男は、宙吊り状態の姫を体力の許す限り力一杯に引き上げる。 「姫様………… お怪我は…… ありませんか…… ハァ…… ハァ……」  男は、うつ伏せに倒れながらも、放心状態の姫を気遣う。 「ハハッ ハハッ ハァ…… ビックリしたぁ…… 本当に死んじゃうかと思った」  姫は何故か、不敵な笑みを浮かべると、うつ伏せに倒れた男にそっと手を差し出しす。その、あまりにも淡々とした態度に男は呆気に取られる。 「さあ、早く起きなさいオルディボ。邪魔にならないうちに移動するのでしょ? そんな所に寝てたら邪魔でしょうがないわよ?」  護衛の男は、姫をじっと見つめた。つい、今死にかけていたとは思えないほどに姫は可憐に振る舞っていた。  しばらく無言を貫いたのち、男は姫の手を…… 手首をがっしり掴むと、姫をつまみ出す様に部屋を後にする。 「ちょっとッ! そんな急に引っ張らないでよ。また、痛めたらどうするの?」 「姫様ッ!」  護衛の男は、真剣な眼差しで一点を見つめる。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加