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"トンッ トンッ トトッ……" " ドンッ! "
姫は「大丈夫ですか」という隠語を送ろうとした男に対し、余っていた右脚を用いて「黙れ」という隠語を放った。
本当にしつこい…… これじゃ抜け出したとしても、直ぐにバレるだけ。出来るだけ急いで本を回収しないと。個室の窓が開く。
「ねぇ、オルディボ。ちょっと聞かれたくないから、少しだけ、数秒だけ扉から離れててくれない? すぐ、終わるから」
姫が、そう話すと男は扉をそっと叩き、足音を遠ざけた。
宮殿の構造は至って単調である。身体を少しばかり窓の外に乗り出してやれば、簡単に外壁のわずかな隙間に手が届く。
後は、窓枠に足をかけてやれば、二階の窓から宮殿内に侵入出来る。正直、余りにも粗末な作りである。
ただ、そもそもこの宮殿にまで敵が押し押せてくることなど、はなから想定してなどいない。と考えれば、それほど不自然で無い。
姫は通路に人影が無いことを確認すると、窓の外から侵入を図った。
「流石に八回目ともなると、音一つたてずに出来るようになったわね。さてと……」
姫の視界に、不自然にも空いたままにされた部屋の扉が映る。ここは丁度、私の部屋の真下にあたる部屋。私が本を投げ入れた場所。長年、使われずに閉ざされていた部屋。こうして、扉が空いていること事態、不思議でならない。
姫は足を動かした。おそらく、部屋では何人かの使用人達が今も掃除をしている。本が、まだそこにあったなら多少強引にでも脅して本を奪い口止めをする。
もし、あの部屋にビアンカやミリアがいたなら、その時点で私の負け。本の回収は絶望的だと思った方が良い。
姫は特段、動じるわけもなく、開いた扉の前で腕を組む。足を大きく広げ、堂々たる態度で仁王立ちを見せつけ言い放った。
「ねぇ。少し良いかしら。話したいことがあのだけど……」
姫は瞳を大きく見開いた。部屋には、三人程度の使用人メイドが箒とモップを手に清掃活動に励んでいる。
そして、一瞬、自らの部屋ではないかと疑ってしまう程に煌びやかな装飾が施された室内に衝撃を受ける。
この部屋はもう何年も使われていなかったはずなのに…… 何これ? そんな、姫同様にメイド達も、突然の登場に驚きを隠せない。
「リアナ皇女……? こんな所に一人で何をされておられるんですか? その…… オルディボ閣下は?」
「…………ああ。別にそんなことは貴方に関係ないですよ。それにオルディボなら、後数分もしない内に来るだろうし。それより、貴方達、さっきこの位の大きさの本を見かけなかったかしら? 丁度、上の部屋を掃除している時にうっかり落としてしまったのだけど……」
姫がそう話すとメイド達は後ろめたい事でもあるのか顔を見合わせた。
「その……」
「そんな心配しなくてもビアンカにも話は通ってるから。ただ貴方達は、その本を私に渡してくれるだけで良いの。お願い出来ない? 別に貴方達に命令してるわけじゃないのよ。今はね……」
姫は不気味な笑みを浮かべると、メイド一人をじっと見つめた。
「"お姉様……?"」
その声は突如として現れた。姫の懐あたりから放たれた肉声。オルディボじゃない。まるで、幼女の様な未発達な声色。しかし、どこか懐かしい。その声の主は姫の服を優しく掴んでいた。
姫は、そっと視線をやる。
「やっぱり…… お姉様だ……」
—— 一章 影の病 始 ——
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