一章 影の病

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「ダメに決まってるでしょ? アンタ、私の部屋がすぐこの上の階にあるの忘れたの? さっき、掃除してる時にうっかり落としちゃったのよ。まさか、アンタが下にいるとは思わなかったけど。さあ、それは私の物よ。早く返しなさい。時間が無いから早くして」  姫は堂々とした態度で話す。ご令嬢は悲壮の笑みを浮かべた。大事そうに抱えた、その本をじっと見つめると、ご令嬢は口を開く。 「そうでしたね…… お姉様には時間が無いのでしたね…… すみませんでした。お姉様の物なら、お返しします。どうぞ」  ご令嬢は抵抗するわけでもなく、すんなりと本を手渡した。 「へーー…… 今日は随分と素直じゃない。何かあった?」 「そうですか? いつも通りですよ?」  まさか、こんなかに簡単に渡してくれるとは思いもしなかった。普段なら、もっと駄々をこねるはずなんだけど…… 姫は本を受け取ると当たりを気にする仕草を見せながら、服の中に隠した。 「隠すんですか?」ご令嬢が、つかさず応える。 「そ、そうよ。悪い? 私だって見られたくない物の一つや二つくらいあるの。貴方にもあるでしょ? それに……」  その時、階段をゆっくりと上がる一つの足音が耳に入る。まずい…… 「姫様ーー! また勝手に逃げ出して…… どこにいるんですか? 別に怒ったりしませんから出てきて下さい。……というか、出てきてくれないと怒られるの私なんですよ? 勘弁してくれ……」  姫の直感はすぐさま現実の物になる。大丈夫、まだ遠い…… 「もしかして、オルディボさんですか? どこにいるんですか?」ご令嬢は興味津々な様子で話しを進める。 「早いわね…… ごめんなさい。ちょっと用事を思い出したから、もう行くわ。あっ、それとオルディボが来たら私は図書館にいるって言っておいてくれない? いい?」  姫は、メイド達に圧をかけるかの如く一通り視線を合わせると偉そうに応えた。 「凄い呼ばれてますけど良いんですか? オルディボさん、また怒られちゃいますよ? ミーシャとしては少し気が引けます」 「ハァ? 良いわよ別に。コレも護衛の役目なんだから。彼も内心、私の役に立てて喜んでるはずよ。会えばわかるわ。とりあえず、そう言うことだからよろしくね?」  それだけ言い残すと姫は来た道とは逆の方角へと走っていった。それを遠目に追うご令嬢。しばらくすると、背後から一人の男性の声が聞こえてきた。 「これは…… ミーシャ様。来ておられたのですか? まったく知りませんでした…… ただ、大変恐縮なのですが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」  護衛の男は、落ち着かない様子で話す。 「姫様を…… リアナ皇女を見かけませんでしたか? ずっと探しているのですが…… まったく……」男が問いかける。真っ青な顔で悲壮な笑みを浮かべながら。 「あの…… 」 「何かご存じでしたか?」男の瞳に僅かな光が宿る。ご令嬢はゆったりとした口調で語りかける。 「いえ………… オルディボさんが楽しそうで何よりです!」 「えっ…………?」  男はあからさまに驚いてみせた。 「えっ…………?」    ——姫は腹部ら辺を強く抑えると、階段を急ぐ様に駆け上がった。今はお父様もお母様も、教会の人達の相手をしていて手が空けられない状態にある。兵士達も護衛で精一杯。この本を元の部屋に戻すなら今しかない。このチャンスを逃したら次はもう無いかもしれない。姫は険しい表情を浮かべる。  三階へ到着すると、姫は迷うことなく、次の階を目指す。 「イッッタッ!」姫は強く尻もちを付いた。何か壁にでも当たったのか、急ぐあまり前方への注意が疎かになっていた。 「リアナ皇女! 申し訳ありません。お怪我はございませんか?」  男の声だった。男は持っていた銃を床に置くと、姫に手を差し伸べる。 「レナード? ご、ごめんなさい! 私の不注意です。そちらこそ、お怪我はありませんか?」  姫は、中将の心配をするそぶりを見せながらも、腹部を摩る素振りを見せる。大丈夫、まだある…… 姫は中将の手を借りながら、身体を起こす。 「いえいえ。私がもっと早く気づいていれば、こんな事には……」 「別に良いわよ……」  姫は何処か落ち着かない様子で上の回を見つめる。 「ごめんなさい。時間を取らせたわね。私は少し上の階に用事が有りますので、この辺りで……ッ!」  すると再び、壁が姫の行くへを塞ぐ。 「まだ………… 何か要でも有りまして?」  姫はトーンを一つ下げた。 「……申し訳ありませんが、これより先へは、お通し出来ません。どうか、引き返して下さい」中将は真剣な眼差しで応えた。 「ごめんなさい。貴方が何を言っているのか分かりませんが、そこを退いていただけません? 邪魔ですよ?」  中将は微動だにしない。僅かな間が過ぎると、中将はポケットから一つの紙を取り出す。中将はそれを読み上げるわけでもなく、姫に手渡す。 「何よ………… コレ」 「勅令です。それも、皇帝陛下直々のものです。内容を要約しますと、本日から皇帝陛下及び皇后陛下以外の者が四階へと上がることを禁止するというものです。期限の記載はありませんので、勅令の効力がなくなるまでの一週間が期限となります。おそらく、陛下の私物が再び盗まれないための処置でしょう」  姫は、その場に立ちすくむ。また、お父様…… 何か…… 何か…… 早く、何か…… 「そう…………。それが、どうかしたの?」姫は平然と言ってみせた。
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