一章 影の病

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 その瞬間、甲高い音が宮殿内に鳴り響く。十二時を伝える鐘の音。それを合図にするかのように姫は辺りを見回す。そして、中将に視線を向ける。生きてる…… 「貴方…… 本当にレナード中将よね……」 「ええ…… もちろんです。それが、どうかしましたか?」  中将は当然の疑問を投げかける。 「レナード閣下!」  その時、階段の下から一人の男が聞こえた。姿を見せた男は、レナード中将と同様、帝国陸軍の風貌をしている。 「交代の時間か…… 申し訳わりませんリアナ皇女。私は一度、持ち場を変えなければならないので、ここで失礼します」  そう言い残し、持ち場を後にしようとしたレナード中将を、先の男が呼び止める。すると、男はレナード中将の耳元で何かをヒソヒソと話し始めた。 「何………… まさか…………」  「レナード中将。何かあったのか?」  護衛の男が中将に詰め寄る。 「…………地下一階、西ブロックを担当しているベルム上等兵が交代の時間になっても戻って来ていないようです。詳細は不明ですが、この件に関しては一度我々で捜査いたしますので、ご心配無く。それと……」  中将は護衛の男に視線を向けると、不敵な笑みを浮かべた。 「教皇聖下はすでに帰られたようです」  そう言い残すと、中将は下に集まってきた他の兵士と合流する。一人の兵士だけを残して、その場を後にした。護衛の男は、それを聞くや否や、壁に手を当て何故か悔しそうな表情を見せた。 「あら、どうしたのオルディボ。そんな暗い顔して」 「なんでも、ないですよ。ハァ…… 分かんないか……」  そんな、男を他所に姫は中将の姿を最後まで目で追った。レナード中将の周りには四人の兵士がいる、この状況で中将を暗殺出来るはずがない。つまり…… 「それで、これからどうするおつもりですか? まだ、昼食まで時間もありますし、他にやることも無いでしょう。どうします? チェスでもやりますか?」 「そうね……」  姫は徐に足を動かした。 「悪いんだけど、ミリア達を探してきてくれないかしら? さっき走ったせいで汗かいちゃったから新しい服に着替えたいの。大丈夫。今度はちゃんと部屋で良い子にしていてあげるから安心しなさい」  姫は、偉そうな態度で応えた。しかし、男は何故か微動だにしない。 「何よ。早く行きなさいよ」 「…………」 「ねぇ、聞いてるんだけど?」 「姫様が部屋に入られるまで待ってるんですよ」  そう言うと、男は見せびらかすように一つの鍵を顔の前に持ってきた。よく見れば、それは紛れもなく姫の部屋の鍵だった。 「"チッ…………" 分かったわよ」  姫は部屋の扉を開けると、見慣れた部屋に戻る。姫は男の方を振り返り一言。 「そんなに私の事が信用出来ないないなら鍵でも何でもかければ良いわ。でも、一つ言っとくけど、私は貴方が思ってるほど……」    "ガチャッ" えっ…………   「それじゃ、また後で」  男は、それだけ言い残すと足音を遠ざけた。本当に何処へ行ってしまったようだ。嘘でしょ…… 本当に締めたりする? 一回、あの男には私の正式名称を詠唱させた方が良いと思う。 「ったく………… これじゃ、何処にも行けないじゃない。まあ、でもこれで他の人が急に私の部屋に入ってきたりする心配も無くなったわけだし、好意的に捉えても良いのかしら?」  姫は、すぐさま暖炉の側へ近寄る。火の気のない暖炉に腕を伸ばし、何かを探るような仕草を見せる姫。 「本来ならレナードは今この時間には秘密警察とかいう組織に殺されていた。でも、それは今日未遂に終わった。私が、この目で見たから間違い無いと思う。お父様滞在の件といい、レナードの件といい、私がこの本を手にしてから明らかに前には無かったズレが生じてる。なら……」  姫は、翌日のページに目をやる。 「六月二十七日、ミラノ家宮殿内にて、ミラノ・ミーシャの暗殺を決行……」  姫の額に一雫の汗が流れた。明日…… ミーシャが…… いや、おかしい! この本には、ミーシャがあっちの宮殿内で死ぬことになってる。でも、ミーシャは今ここにいる…… また、何処かでズレが? そもそも、なんでミーシャを殺す必要なんか…… 「……二日後、ミラノ・ミーシャの死亡を確認。これにより、ミラノ・ミーシャと隣国ベルク王国王子ザラク・マブロイとの婚約関係を破棄。その穴埋めとし、我が娘べニート・リアナを新たな婚約者とする」  姫は頭を抱えた。その本に書かれた言葉が何を示し何の意味をもつのか理解出来なかった。確かに、ミーシャの婚約者は隣国のマブロイ王子だけど、ミーシャを殺してまで私を婚約者にする理由なんて……    "十二月二十五日ベルク王国内で開催されるリアナ皇女の誕生祭当日にて使者によるリアナ皇女の暗殺を決行"    姫は、本を閉じた。そうだ。最初からおかしかったんだ。私の誕生祭は今年も通年通り、この屋敷で開催される。ベルク王国でやるなんて聞いたことも無い。でも、ベルク王国では婚約者の誕生日を自国で祝う風習がある。ミーシャの誕生日だって毎年ベルク王国で祝われてる。つまり…… 「ミーシャが死ななければ、私も死なない?」
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