一章 影の病

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 姫の瞳に僅かな光が宿る。ベルク王国は、婚約者以外の他貴族、王族、皇族の入国を禁止している。大国だからこそ出来る横暴だ。だからこそ、ミーシャが生きている限り私を、あの国には送れない。ミーシャさえ、守れたなら……   「"姫様。ミリアです。着付けに参りました。入ってもよろしいですか?"」    扉の向かい側から声がした。姫は慌てて、持っていた本を暖炉に隠す。この季節的に考えても、最適な隠し場所だと思う。 「構わないけど、オルディボは? 今鍵掛けられてるんだけど」 「ご安心ください。鍵なら預かっております。オルディボ様も横に居られますが中へ入れますか?」 「良いわよ別に」  すると、鍵の解除音とともに扉が静かに開く。ミリア、アロッサ続けて護衛の男が順に入室を済ませると、扉が閉まる。 「貴方達、随分と早いのね。もう少し遅れると思ったんだけど」 「まあ、リアナ皇女と違って私達はかなり暇なのでぇッ……」 「リアナ様に呼ばれましたので、急いで他の用事を済ませて参りました。決して暇を持て余していたわけではないので誤解なく。そうでしょアロッサ?」  ミリアはアロッサの話を遮るように応えた。多分、嘘だと思う。 「えっ…… でも、お前達ずっと二人で下の階にある絵画眺めながら「綺麗ですね」とか言ってただけだろ。呼んだらすぐ来たじゃねぇか」  男が躊躇なく話すとミリアは聴こえていないのかダンマリを決めた。やっぱり嘘だった。 「…………。それも、メイドの役目です。ところで……」  ミリアは部屋中を見渡すと、迷わずベッドの前に立った。 「コレはなんでしょう。替えたばかりであるはずのシーツに髪の毛が一つ。見るにリアナ様のものではない様ですが。となると、コレはビアンカ達が真面に仕事をしていなかった証拠に他なりません。それに……」  ミリアはベッドとマットレスの間に手を入れた。 「やっぱり…… こういった目の届かないところにまで気配りができるかどうか。それだけでも、そのメイドの質が分かるものです。しかしコレは使用人を束ねるハウスキーパーとは思えない酷い出来ですね。やはり明日からは私共がリアナ様の部屋を掃除いたします。リアナ様?」  姫は唖然とした態度を見せる。何故か心臓の鼓動が早まる。ミリアが覗き込んだ、そこは数時間前まで姫が本の隠し場所に使っていた場所だった。 「いえ、なんでも無いわ…… そんなことより早く着付けの準備をしてもらえないかしら? 汗が染み付いて、大変なの」  姫はイライラした態度を見せながら応える。これ以上、部屋を探索されるわけにはいない。万一でも暖炉を見られたら、終わり。 「ん? そう言えばミリア。貴方、さっきと服が違うみたいだけど着替えたのね」 「はい。そこらを意味もなく徘徊していたアロッサを探している時に汚してしまいましたので。急いで着替えてまいりました。ねぇアロッサ?」  ミリアはアロッサに視線を向ける。対してアロッサは、すみませんと言わんばかりにひたすらに頭を下げる。意味もなく絵画を見ていた人間とは思えない発言だ。 「そ、それでは私は部屋の外にいますので終わったら、またお呼び下さい」  男が申し訳なさそうに話す。なら、なんで入って来たんだろう。疑問で仕方ない。 「良いわよ残ってて。別に下着を脱いだりするわけでも無いし。見られて困るものなんて無いわよ」  姫は寛容的に応えた。万一に備えて数は多い方が良い。本当に手柄を独り占めしたいなら、ここで動いたりは出来ないはず。 「そうですか? 正直、外で一人ボーっと待ってるのも何か恥ずかしかったんですよね。気を使わせてしまい申し訳ないです。ハハッ……」 「何してるの? 早く、あっち向きなさいよ」 「すみません……」  男は、黙って壁を見つめた。 「リアナ様。それで、どのお召し物を御所望でしょうか?」  ミリアは、部屋のタンスを開けると、直接姫に尋ねた。 「そうね………… いつもので良いわよ。あと今日は、大事な予定も無いようだから朝まで部屋で籠ってるわ。よろしくね」 「えっ…… 今何と?」 「朝まで部屋から出ないから、よろしくっと言ったのよ。聞こえたかしら?」  ミリアは思わず、聞き直した。 「良いのですか? まだ、昼間ですよ? 昼食も済んでおりません。なりより、せっかく皇帝陛下がいらしているというのに。もう少し話されても良いのでは?」  ミリアがいつも以上に心配した態度を見せる。本心で言っているのか、早く部屋から出て行って欲しいだけなのか。私には、分からない。アロッサもまた、姫の具合いを心配してかじっと目を離さない。 「構わないわ。昼食は、時間にでもなったら持ってきてちょうだい。もちろん夜もお願いするわ」 「そうですね…… 確かに、今日はもう大事な予定はありませんが……」  でも、私にも一つだけ分かることがある。 「分かりました…… では、本日はそのように用意をさせていただきます。聞こえていますよねオルディボ様? 次は貴方が皇帝陛下に、お伝え下さい。リアナ様は本日体調不良により部屋からは出られそうにない、とね」 「…………」  男は、壁をじっと見つめたまま、わざとらしく聞こえないフリをした。きっと内心穏やかでは無いんだと思う。 「オルディボ様?」 「    …………三日連続で、か?」
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