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「イッ………… ちょっと、きついかも……」
「あっ! 申し訳ありませんリアナ様。少し考えごとをしてしまいました。これで、どうしょう? 他に痛い所はありませんか?」
生温い陽光がさす早朝。ミリアは徐に着付けの紐を緩めた。
「いつもはアロッサが手伝ってくれていた分、一人だとミスが目立ってしまいますね。はぁ……」
ミリアは、寝室の中央で大きなため息を吐く。今日は珍しく一人で姫の着付けの準備を進めるミリア。寝室に残された二人に気まずい空気が流れる。
「リアナ様? 着付けが終わりましたよ。では、まだオルディボ様が戻られていないようなので本日は私の方から一日の予定をお伝えします」
「ああ…… そうね。一応、聞いておくからよろしく」
そう言うと、ミリアはスラスラとスカスカな予定を述べ始める。正直、ここまで何も無く一日が過ぎるとは思わなかった。お父様も、私の無茶振りに何一つ不満を見せなかった。夜中は、ミリアとオルディボを同時に見張りに付けた。本も一冊、暖炉に隠されたままで、音沙汰無し。となれば、問題は…………
「リアナ様? 何か疑問点がお有りで?」
「えっ いや、別に………… こっちも色々考えてただけ。続けて」
姫は思わず動揺した態度を見せる。とにかく、問題はいつミーシャが殺されるかよね。本の時系列に沿って考えれば、今日がミーシャの命日で、間違いないと思う。もちろん、お父様なら昨日の内に殺すことだって可能ではあったはず。でも、そんなことをすれば偶然来た人間を、まるで来るのを知っていて準備していたように映る。それが愚策である事くらい、お父様は理解している。だからこそ、一晩明けた今日が時期としては暗殺に適している。なら、私がやるべきは……
「以上になります。最後に質問はありますか? 何も無いようでしたら、このまま朝食を摂りにダイニングルームへ参りましょう。オルディボ様が戻られるまでは私が道中の護衛を致します」
そう言うと、ミリアはいつになく他のメイド達が普段愛用している白いカチューシャを頭に添えた。護衛中の証なのだろうか。
「それは良いんだけど、先にミーシャの所に寄っても良いかしら? 一応、あの子も私の従姉妹な訳だし朝の挨拶くらいしときたいの。終わったら、そのまま二人でダイニングルームに移動するから。良いでしょ?」
姫は優しく微笑むと、ミリアの表情を伺った。ミリアは、僅かに悩んだ後に、これを了承する。お父様にとって最も不都合な状況は、暗殺対象であるミーシャと私が行動を共にすること。暗殺の瞬間を見られても私を口封じの為に殺すことは出来ない。アリバイを証明できる証人が周りにいればなおさら。
「それと、この鍵を貴方に預けるわ。オルディボからよ。無くさないでね」
姫はそう言うと、手のひら程の長さをもつ細い金属製の鍵をミリアに手渡す。
「これは…… この部屋の鍵ですか? なぜまた?」
「貴方、言ってたでしょ。明日からは、自分たちが部屋の掃除をするって。私もビアンカ達に任せるくらいなら貴方達にやってほしいのよね。だから、ビアンカ達が来ても、絶対に中へは入れないでよ。大丈夫、お父様もあんな特例何度も出してきたりしないわ。ちなみに、今渡したのは裏の鍵だから。残りはオルディボが持ってるはずよ」
「そうですか………… では、本日はそのように致しましょう」
ミリアは、少し嬉しそうな表情を見せた。この部屋の扉は内側と外側とで、開閉に使う鍵が異なる。裏の鍵は部屋の内側からしか使えず、逆に表の鍵は外からしか使えない。
「さっ 早く行きましょ。そろそろオルディボも戻るだろうし。なにより、ビアンカ達が来る前には貴方達に部屋にいてほしいからね。もちろん、ちゃんと隅々まで掃除してね。終わったら確かめに来るから」
「もちろんです。リアナ様」
ミリアは、優しく微笑んだ。もう少し、動揺してくれると、思ったけど流石にボロは見せないか。ミリアからしてみれば、私の部屋を隈なく漁れるチャンスになる。でも、それを生かすことは出来ない。
なぜなら、ミリアに渡した鍵は内側からしか使えない裏の鍵。仮に本を見つけたとして、それを持ち出せば外から鍵を掛けられず、他の侵入を許すことになる。それはすなわち、私の命令に背くことを意味してる。そんなリスクを負えるほどミリアも馬鹿ではないと思うんだけど…… とにかく今は一刻も早くミーシャの下に行かないと。お父様よりも早く……
"トンッ トンッ"
外から扉を叩く音。オルディボが戻ったみたいね……
「それじゃ行くわ…… 流石に、あの子ももう起きてるだろうしね」
姫は徐に、扉のドアノブに手を近づける。すると扉が僅かに動く。
あれ? まだ、触れてもないのに…………
ギシギシと音が響く。幾度となく聞き慣れた扉の開く音……
聞き慣れない、肉声……
「"おはよう。リアナ…… 昨日は、よく眠れたかな?"」
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