一章 影の病

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「……リアナ様が食事を摂っている間に部屋の掃除を済ましておきますね。ほら、アロッサ! 急いで準備するわよ。この後も、まだまだ仕事が残っているんだから急ぐわよ」 「はい。急ぎます」  二人は質問に答えるわけでもなく私に背を向けモップや箒を手に掃除を始めた。特に汚したつもりもないのに何をそんなに焦る必要があるのか。姫は動きやすい軽装のドレスを身にまとい二人を横目に部屋を後にする。  私も特に急いでいるわけではないが、これ以上部屋にいても邪魔なだけだと二人の背中を見て思った。 「今日は珍しく準備が早いですね姫様。そんなに、皇后陛下に会うのを楽しみにされているんですか? きっと皇后陛下も喜ばれていますよ」 「全然。お母様に恥を欠かせたくないだけ。そもそも、半月に一回程度しか会わない人の顔なんて、覚えてないわ。どうせ、次に会う時までには、すっかり忘れてる。ただ時間を無駄にするだけ。早く済ませるわ」  姫はスーツ姿のオルディボを置き去りにするかの如く、早足で廊下を駆ける。早朝ということもあり廊下はまだ薄暗かったが特別、気にはしなかった。  その後を、やれやれといった態度でオルディボが追う。いつもであれば皇族らしくゆったりと行くが、今日はそうもいかない。宮廷内が無駄に広いせいで早足でも数分かかる。  部屋の前に着くと、数名の鉄砲を持った兵隊が扉の前に列を成し私の到着を待ち構えていた。オルディボが私の肩を軽く突く。  姫はまるでスイッチでも押されたかのように自然と笑みが浮かんだ。今朝一番の曇りなき笑顔だ。 「いつも、お仕事ご苦労様。そんな畏まらないで下さい。私が、こうして何不自由なく暮らせるのは皆様のおかげです。本当に感謝の限りです」 「勿体ないお言葉です。我々は求められた仕事をこなしているだけに過ぎません。皇族の方々の苦労に比べれば大したことありません」  そう言葉を添えるのは、帝国軍レナード中将だ。歳は40代ほどであるが実際より少し老けて見え白髪混じりの髪が目立つ。  我が帝国に長く務めていることもあり信頼が厚く規律正しい男である。常に何人かの兵士と行動しているため、あまり一人でいるところを見かけない。  兵士達は私に道を譲るべく廊下の中央を空けると右手を額の前に構え、敬礼の姿勢をとった。つかさず、オルディボも兵隊と同じ敬礼をする。敬礼の順番から宮廷内の序列が面白いほどに分かる。    二人の兵士が扉を開けてくれた。防犯対策なのか単に大きさにこだわったせいなのか一人では中々開けられない仕様になっている。きっと豪華に見せようとするあまり機能性を無視してしまったのだと思う。  でなければ、こんなに警備の硬い宮廷内に、こんな扉は必要ない。
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