一章 影の病

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「なんと言いますか。ワレが、こんな事を言うのもおこがましいですが、リアナ皇女は今年で18を迎えられます。本来であれば、とっくに結婚し子を授かっている時期です。それなのにリアナ皇女はまだ結婚すらしていない。きっと今まで皇女に見合うだけの男が見つからなかったんでしょう。ワレとしても、そんな皇女を助けたい一心で……」  姫は、お茶を半分残したままカップを机に置いた。 「あら、素晴らしい気遣いですことぺテック公爵。でも、それでいて不快ですわ」  姫が左手をそっと挙げる。すると、団扇を持っていた二人のハウスメイドが団扇を閉じ、一礼とともに接客室から退出した。 「も、申し訳ございません。決してそのようなつもりは……」 「私の心配をなさる前に、ご自分の心配をなさってはいかがですかぺテック公爵。貴殿ももう時期32歳を迎えらるのでしょう? そんな容姿で若さまで失っては、せっかくの爵位に傷が付いてしまいますわ」  ぺテック公爵は眉間に僅かにシワを寄せ、拳をギュッと握りしめた。この様子を見るに、本気で私を心配して来ているわけでは無いんだと思う。 「姫様、マフィンはいかがですか?」  オルディボは何の前触れも無く大量のマフィンが盛られた皿を持って来る。一見、気を遣わして持って来たようにも見える。しかし、これは「優しくしろ」という隠語だ。 「まあ、珍しく気が効くじゃないオルディボ。  ……結構よ。」 「お断り」という隠語だ。  オルディボは困惑した様子で「失礼しました」と皿を下げた。 「リアナ皇女がいらないのでしたら代わりにワレが……」 「早くお皿を下げなさいオルディボ。対談の邪魔になるわ」  オルディボはぺテック公爵が差し出した手をモノともせず皿をハウスメイドに受け渡す。その際、ぺテック公爵は顔を歪ませた。そろそろ限界なのだろうか。 「リアナ皇女! どうか、教えて下さい。一体、どうすればリアナ皇女はワレとの結婚を認めて下さるのですか。ワレが持っている物であれば何だったて差し上げます。この国にワレ以上にリアナ皇女の皇配に相応しい男などおりません! 必ずや、この国のお役に立って見せましょう。それでもと言うのなら。このぺテック公爵、結婚を許してもらえるのであれば、命だって掛けられます。リアナ皇女、どうかワレと…… はぁ…… はぁ……」  ぺテック公爵は最後の力を使い果たしたように息を切らす。 「も、申し訳ございません。つい、熱が入ってしまい……」 「別に構いませんよぺテック公爵。それだけ私のことを思って下さってくれて嬉しい限りです。ただ、皇配の件に関しては、今回は聞かなかったことにします。お父様が知ったら大変なことになりますからね。さてと……」  ぺテック公爵がどこか安心した様子を見せる中、姫はおもむろに席を立ち上がると、一人窓際へと足を運んだ。姫の合図で二人のハウスメイドが窓を全開にする。 「私、この景色が本当に好きなの。小さい頃から毎日眺めているけど一度だって飽きたことが無いの。なんでだと思いますぺテック公爵」 「そ、そうですな。やはり小さな頃から見ていて馴染みのある景色だからではないですかな。ワレも似たような経験がありますぞ」  ぺテック公爵は、なぜか自慢気に応える。 「違いますわぺテック公爵。私、これ以外の景色を見たことがありませんの。お父様が厳しくて一度たりとも帝都の外の世界を見たことがありません。だから、この景色以上のモノも、これ以下のモノも知らない。海だって私からすれば本の中のおとぎ話の存在に過ぎません。本当にあるのか今でも疑っています。だから、いつもこうして外を眺めていると自由に飛び回る鳥達の姿が羨ましく思えて仕方ありません。どうして、人間はあの鳥達のように自由に飛び回れないのかしら。私、一度でいいから人が自由に空を飛んでいるところを見てみたいの……」  その場にいた全ての人が何も口に出来なかった。ぺテック公爵もただ姫の言葉に耳を傾けている。窓から流れる風が姫の髪を僅かに靡かせる。 「お願い、ぺテック公爵……  "飛んで"」  その言葉に、場にいた全ての人々が凍りつく。一人、姫を除いて。
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