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 「さぁ!舞台は整った!!」  人々の熱狂がそのまま大気に伝染したかの如く燃え上がる夏の日、現在 23 時 50 分、都市構内 40 回建てのビル、屋上にて。  西欧の時代劇から引っ張り出してきたような有金を全部突っ込んだ特注のスーツと、バカバカしくなるほど夜空を相手に照り輝く漆黒のマントに身を包んで。  私は強く、強く叫んだ。  ──次の瞬間、辺りに犇めく観衆達が一斉に私を見つめては、皆口々に私の叫びに答えるかのよう声を上げ始めた。  涙を流しては私に声を捧げる人、携帯を持って私の勇姿を撮影する人、ただこの奇想天外に打ち震え立ち尽くす人。  あちらに居るのはマスコミだろうか?ヤケに大きなカメラをこちらに向けては、えらく必死の形相でマイクを握っている。  向こうは警察だろうか?バカに巨大なメガホンをこちらに向けては、えらく狼狽した形相で何かを叫んでいる。  あぁ、十人十色、百花繚乱の花畑。  いくら聞いても探しても、力一杯見渡せど、キリもケも無いクイも無い、コの上ない絶景。そんな素晴らしき "奇跡" こそ、今目の前にある世界の名前なのだ。  この人、人、人、人。人!  どこまで見渡せど人だかり、その全てが今、私で、動いている。即ち私によって今!、目下、スクランブル交差点の上に殺到し濁った雑踏の全自動地球汚染機達は、人間をしているのだ。  何の躊躇も感謝もなく口いっぱいに命を頬張り、口に合わないからと平気で残りをゴミ箱に捨て、さも当たり前のように消化し、ブクブクと醜く肥え太ったタンパク質の管に過ぎないなずの連中は今、私によって間違いなく、美を見つめ心を動かし、その吸った酸素の行き場所も、吐き出す二酸化炭素の行方をも見つからぬまま、打ち震え立ち尽くしているのだ!  創り上げて居るのが、矮小で陳腐で情けない、そんな自分だという事実、これを奇跡とせず何と呼ぶ。また私の目に熱く光るものを滲ませて、潤ませて止まないのだ。  この日の為に、一体どれほどの時間を費やした事だろうか。どれほどの苦労を重ねただろうか。  一日一日 手を焦がし続けるような、一歩一歩 足に釘を打ち続けるような、酷く険しい道のりだった。
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