ネックガード

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 ネックガードを貸したあの日のことを思い出す。練習が終わった後に着替えていると、 「洗って返すから」  星弥はさも当然のように言い放った。  その善意を、俺は真っ向からはね返す。 「いや、いいよ。いつ練習や試合が入るかもわかんないし、予備がないと不安だから」  自分のチーム以外の練習に参加することも珍しいことではなかったので、真剣にそう答えた。誰だって少しでも長く氷に乗っていたい。 「あー、そっか。そうだよな」  納得した星弥の手からネックガードを受け取ったその瞬間、ふと彼のバックの中身が目に飛び込んでくる。  こてんと寝転がったそれが見えた。ホッケーバックの端にネックガードが無造作に投げ出されていた。俺が貸したものではない、星弥のネックガード。  だが俺は、それについて何も触れなかった。触れてもよかったが、あえて触れる必要はないような気がした。  実際その後、俺たちの関係は以前より良好だったし、あのときの自分の選択は間違っていないと思っていた。そう信じていた。だがもしあのとき、俺が何か聞いていれば、少しでも変わることがあっただろうか。星弥が死ぬようなことはなかったのだろうか。  考えても考えても答えがわからなかった。あのとき俺が何か言っていれば……  とめどなく溢れる泪は一向に止む気配はない。  目の前にある星弥の溢れんばかりの笑顔が俺を真っ直ぐ見つめて、がんじがらめにする。 (了)
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