2.お見舞い

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 消毒の臭いが充満した廊下を歩き僕は病室へと向かう。三〇五号室。母の名が書かれたプレートを見ながらこの部屋に通うようになってからもう何年経つのだろうかと考える。 「やぁ母さん。調子はどうだい?」  努めて明るく声をかけながら室内に入る。個室なので同室の患者に気を遣う必要はない。ひとつだけ置かれたベッドの上で母は白いシーツを頭まですっぽり被り丸くなっている。まるで卵のようだ。母はいつもこうしている。もう何年もちゃんと顔を見たことはない。妻には病気で面会謝絶だと言ってあるが実際は違う。別にどこが悪いというわけじゃない。強いて言うなら心が壊れているぐらいか。本当はカウンセリングを受けさせたりそういう専門の病院に入れた方がいいのだろう。だが母の両親がそうさせなかった。世間体が悪いから。 「ああ、いらしてたんですね。ごめんなさい、じゃあ後にしますね」  検温に来た看護師がそう言って気まずそうに病室を後にする。僕は振り返り軽く会釈した。ここは母の実家が経営する病院。だからこうしていつまでも入院していられるのだ。形を変えた座敷牢、みたいなものなのかもしれない。
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