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「このお話、続きが気になるんですけど置いてありますか?」
「ごめんなさい。その物語はそこで終わりなのですよ」
店主にとっては慣れたやりとりだが、十代半ばほどの少年は悲しそうな顔で思案してから、白い表紙の本をそっとレジ台に置いた。
本棚が無数に聳え立つ薄暗い店内で、店主を見つめる少年の瞳が強く輝いている。
「あら。続きがないのにお求めになられるのですか」
ここにある物語の多くは唐突に終わり、そして永遠に続きが書かれないものばかり。それでも一応、形式的に聞くことにしている。
「なんていうか、どうしても手元に置いておきたくって」
「そうですか。わかりましたわ」
少年がなぜか一瞬気まずそうにしてから、握った手のひらをおもむろに開いた。そこには真新しい銀貨が二枚乗っている。
「あの今、これだけしか持ってなくて。これで足りるものなのでしょうか?」
「じゅうぶん足りますわよ。少しお待ちになって」
銀貨を受け取った店主は背後にある扉を開いた。中にある色とりどりのカバーが収められた棚から、紺地に星空のように細かい箔押しが施されたものを選びとった。心を込めて丁寧に巻くと、最後に願いをかけた金の羽のしおりを挟む。
「キラキラしてる。きれいだな」
少年は手にした本を何度も傾けて、虹色に光る星々に目を輝かせる。店主は無邪気なその様子を見て、穏やかに微笑んだ。
「そんなふうに輝くお話でしたわよね。私も大好きでしたの」
「へえ、そうなんですか。どうも、ありがとうございました」
少年は柔らかく微笑むと、深々と頭を下げた。
この短くもあたたかな愛に満ちた物語は、これまで数多の本を読んだ店主の心にも残っている。心優しき少年が綴った物語。
「こちらこそ、どうもありがとう」
この続きを店主もぜひ読みたいと思ってはいるが、それは永遠に叶うことはない。
「それじゃあ」と言うと、少年がドアを押して開けた。軽やかなドアチャイムの音が響くと、足元に差し込んでくる一条の光。
そのまま外へ踏み出した少年は、跡形もなく消え去ってしまった。
――やはり、心惹かれてしまうものなのですね。店主は薄藤色の瞳を細めた。
しかし、この場所がなんなのか、ここにある本がなんなのか、訪れたものに教えないことにしている。
「今度は長い物語になれば良いですわね」
光に溶けて消えた少年を想い、店主は穏やかに微笑んだ。
ここは永遠の命を授けられた時の魔女が営む書店、『狭間の本屋』。
書棚に収められている物語は全て、人の生きた証、人生そのものを綴ったものだ。
時の魔女は自分にのみ与えられた特別な魔法、【蒐集】を使い、人の一生を一冊ずつの本にして並べている。最初は退屈しのぎに読むために、やがて自分と同じように暇を持て余している悪魔相手に商売をするようになった。
しかし、『狭間の書店』はいつしか死者の魂が迷い込む場所になってしまっていた。
ところどころに橙色のランプが灯された店内には、常に何人か客がいて、長い時間をかけそれぞれの人生が綴られた本を読み耽っている。
深く物語に没入し、笑い、怒り、そして悲しみの涙を流しながら。
物語の主人公が自分なのだから当然なのだが――ほとんどの者がその事実に気づかないのに、最後にはなぜか揃って本を買い求め消えていく。
悪魔はすっかり寄り付かなくなったので、物語を包むのにふさわしいブックカバー選びと、金の羽のしおりに願いを込めることが魔女の新たな退屈しのぎになっている。
「さあ、今日はどなたが旅立つんですかね」
今日もそこそこ客が入っている店内を見て、魔女はポツリとつぶやいた。
ちなみに本を抱えて消えた魂がどうなるのかは、魔女の知るところではない。
〈完〉
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