折れた桜

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折れた桜

 「桜の名所として親しまれるK町にある桜が、昨夜の落雷により、折れていた事が今朝判明しました。この桜は樹齢約400年とも言われており──」  朝のローカルニュースで報じるアナウンサーの声が聞こえてきた。  知ったのは公園で散歩中のおじいさんが携帯していたラジオからの声だったので、その折れた桜が実際にはどんな状態なのかわからない。  今居る場所から比較的近い距離だったので直接見に行くことにした。  直に目で見るとそれは「折れる」というより「ちぎれる」よう、或いは「裂かれた」とでもいうかのように自分には感じられた。  以前に見た事のある、折れる前の咲いた桜の木と今の姿を思い比べる。  折れた木の姿は、花が咲いていない時期には桜の木だとはピンとこないが、今の姿は派手に折れていて、痛々しい傷だらけに感じられた。    この木はこんな姿になっても、次の春も花は咲けるのだろうか──。    昔、古い山の家に住んでいた庭に大きな桜の木があったことを思い出す。  当時はあの桜が大好きだった。  だがある時をきっかけに、いつの間にか咲かなくなってしまった。  当時の自分はあの桜が確かに好きだった。  だが嫌いになった。  それでも好きだった。  好きと嫌いが磁石のように反発しながら、同時にある不思議な感情(アンビバレンス)。  好きなのか、嫌いなのか──あの桜が?どの桜が?どうして?  まだこの時、無知な自分は桜に想像以上に沢山種類があることを知らなかった。  桜を見る度、あの桜を思い出して複雑な思いを抱いた。    ずっと前住んでいた庭にあった、大好きだった桜の木。  だが他の桜よりも咲くのが少し遅く、花弁(はなびら)の姿もきらびやかな雰囲気も、並木道などでよく見かける桜とは少し違っていた。  「うちの桜は5月近くになって咲くんです。」と「先生」に言うと、  「変わってますね」  と返事が返ってきた。「先生」とは誰だったのか、今となっては名前さえももう何も思い出せない。  変わっている?みんなと違って変わっている、「変」とはよく言われた。  自分でも鏡を見ても、他の者とは何かが違うと違和感を感じてはいた。何が変なのか具体的にどうと明確に言えない。言われる前から、どう言えばいいかわからなかったが、自分だけ違う惑星から来たような気持ちになっていたのは確かだった。  変わっている。変なのは、わるいことなんだろうか。ダメなことなんだろうか。  まるでそう言われたかのような気持ちがした。  
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