父の味、母の味、私の味

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警察の説明は、真里の耳にはほとんど入って来なかった。ただ、お盆に実家に帰省した際にあれだけ楽しそうに笑って料理を一緒に作っていた二人はもういないことが、まるで何か悪い夢のように思えた。二人の遺体を前にしても、現実を受け止め切れなかった。だからか、真里の目から涙が出ることはなかった。 会社から休暇を貰い、葬儀などがようやく終わった。だが、これでいつもの日常に簡単に戻ることはできない。 「先輩、お昼食べに行きませんか?近くにおいしい中華のお店ができたみたいですよ〜!」 昼休み、後輩が声をかけてくる。以前の真里ならば、すぐにパソコンを閉じて「行こう!」と浮き足立ちながら言っていた。料理を作ることは苦手でも、食べることは好きなのだ。しかしーーー。 「ごめんね、食欲がなくて……。また今度ね」 仕事をする手を止め、真里は後輩に笑みを向ける。両親が亡くなってから、何もおいしいとは思えず、食べたいという気持ちは真里の中で薄れるようになっていた。 「そうなんですね。わかりました」 後輩は残念そうにそう言った後、仲のいい同期たちに声をかけ、オフィスを出て行く。その後ろ姿を見ながら、真里はため息を吐いた。
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