*私だけの桜*

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 私は、町外れの桜の下に腰を下ろしていた。草の香りが辺りを包む。足元を抜けるそよ風に、すみれが可愛らしく揺れている。畑の向こうから飛んできためじろが、咲き立ての桜の蜜を吸いはじめた。  ここは、私の幼稚園の頃からの行付だ。こんなに素敵な場所を、自分だけの秘密にしておくのはもったいない。私は誰かに自慢したくなった。 「わあ、綺麗だね!」  放課後、友達を連れてくると誰もが感嘆した。桜を褒められて、私は自分のことのように誇らしかった。 「素敵でしょ。私だけの秘密の場所なの」  スマホのレンズが桜を捉える。シャッター音が一つだけ、澄んだ空に響いて消えた。  花が一つ、また一つと咲くごとに、訪れる人は増えていった。どうやら、連れてきた友達の誰かがSNSに写真を上げたらしい。それがバズってしまったのだ。 「こちらが、ネットで話題の桜の新名所です!」  日曜日、ざわめきの中でテレビのリポーターが言った。  先週は誰もいなかったのに、今日は花見客でごった返している。人混みを搔き分け、私はぞっとした。すみれが咲いていた辺りに、ブルーシートが広げられている。 「あの、場所を少しずらしていただけませんか」  思い切って声をかける。酔っ払いの男性に睨まれ、私は縮こまった。 「初めにここへ来たのは、俺たちだ。みんな場所取りに苦労してるんだから、一人だけ文句を言うな」 「でも、すみれが……」  彼は私にお酒の空缶を投げつけた。 「黙れ。偽善者は()せろ!」  その晩。満開の桜の前で、私は一人立ち尽くしていた。  すみれは踏みにじられていた。空缶や吸殻が散乱している。食べ残しのコンビニ弁当に昆虫がたかっていた。  ごみ袋を引きずりながら、火ばさみで拾って歩く。全部、私のせいだった。私だけの秘密にしていたら、花たちはこんな目に遭わなかったのに。  桜吹雪のなか、私は月に向かって嘆いた。 「桜なんて、だいっきらい!」
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