ハッピーイースター

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「ハッピーイースター!」  私が彼のマンションの玄関を開けると、クラッカーの音と共に、紙吹雪が飛んできた。 「な、これ、貴史くんが自分で……?」  玄関には、かわいく彩られたイースターエッグ。その奥に見えるリビングには小さなうさぎの置物がたくさん飾ってあった。 「すごい! かわいい」  私は歓声を上げた。  先週、付き合って二年の彼氏に部屋に呼ばれた。「大事な日だから」と。  その時はなんのことかわからなかった。誕生日でもないし、交際記念日でもない。もしかして、プロポーズ……?と期待していた。  なるほどイースターか。最近日本でも盛んになってるよね。  プロポーズではないことに少しがっかりしながらも、私はそのかわいい飾り付けに心が浮かれた。 「貴史くん、こんなかわいいことしなそうなのに、意外」  私が彼に微笑みかけると、彼は親指を立てた。 「朋香に喜んでもらいたかったから、頑張ったよ」 「嬉しい!」  私は彼に飛びついた。 「さ、中に入って、入って。ごちそうも作ったんだ」 「貴史君が?」  彼が料理ができたとは意外だ。職場の昼休みはコンビニのパンだったし、よく外食しているのも知っている。  彼は照れくさそうに頭をかいた。 「うん。こんなのしか作れなかったけど」  ダイニングテーブルにつくと、彼がキッチンから持ってきたのは、ベーコンエッグだけだった。  私は微笑ましい気持ちになった。 「こんなの、じゃないよ。私にとっては、ごちそう!」  そう喜ぶと、彼は「うん。これはごちそうだよ」とにっこりと笑った。  食事が終わった後、彼が急に真剣な表情で切り出した。 「朋香。大事な日って言ったの覚えてる?」 「う、うん」  もしや、やはりくるのだろうか?  私はどきどきと彼の顔を見つめた。 「俺と一緒に、賑やかな家庭を作って欲しい」  やっぱり、そうだ。プロポーズだったんだ。  私は泣きそうになりながら彼に返事をした。 「……はい!」  ーーお腹痛い。  私は彼のベッドの中で目を覚ました。  何かお腹がぐるぐるといっている。  やだな。なんだろ。変な物食べてないよね。彼の作ってくれたベーコンエッグだけだし。 「う、うう……」  私は彼に助けを求めようと、隣に手を伸ばすが、あるはずの彼のぬくもりはそこになかった。  トイレかな。  なんとか立ち上がろうと力を入れた。 「んっ!」  下腹部に違和感を感じ、布団をがばりと剥いだ。 「え、なに、これ……」  全裸の自分の腿の間。 「あ、朋香。目、覚めた?」  寝室のドアががちゃりと開いた。貴史は何か手に提げているようだが、逆光でよくわからなかった。 「あ! ハッピーイースター!」  彼が私のほうに駆け寄ってくる。そして、私の腿の間に転がるモノを掴んだ。 「朋香、ありがとう! もう産んでくれたんだね!」 「う、む……?」  私は彼の顔をぼんやりと見上げる。彼は満面の笑みで言った。 「ほら、朋香の産んでくれた卵。これからどんどん復活するよ」  ぞわりと下腹部から寒気が襲ってきた。ベッドの上で後ずさる。  彼はそんな私の表情など気にしていないように手に持ったものを掲げた。 「ぎゃっ!」  彼の手には、二本の毛の生えた長いもの。ウサギの死骸だった。 「朋香、お疲れ。まだいくつか産むと思うけど、寝てて大丈夫だからね」  私は壁いっぱいまで後ずさった。自分のお腹に手をやる。彼は嬉しそうに私のお腹を見た。 「全部産卵し終わったら、またベーコンエッグ食べようね」  手のひらの下のお腹は、徐々に膨らんできている。ごつごつとしていて、そこにはたくさんの何かが入っていることがわかった。 「卵とウサギはまだまだたくさんあるよ。これから忙しくなるぞー」  何かがぽこぽこと、腹から下腹部へと移動していた。  おわり
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