タイラント

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――結局啓祐は、町の中心部から離れた小高い丘の上に格安の宿を見つけ、そこで一泊することに決めた。 部屋について早速、固いベッドに横になると、部屋に蠢く気配を感じる。まさかこの世界にまでいるとは思わなかった、ゴキブリがそこにいた。 「げっ、ふざけんなよー」 ゴキブリを叩くための棒的な何かや紙類は近くに見当たらない。 仕方なく、先ほど購入したロングソードの剣身を使ってゴキブリを叩き、弱ったところを廊下のなるべく奥へと蹴り飛ばした。 奇しくも、これが啓祐にとってこの世界での最初の戦闘となってしまったが、実際には殺していないため、ゴキブリとの戦闘は引き分けになった。 そのまま部屋を出て再び町を散策する中で、何となくこの世界での生活の仕方が見えてきた。 町には至る所にクエストのフラグが立っている。 例えば依頼が張り出された掲示板や、NPCが仕事を依頼する施設であるギルド。主にこういったところで仕事を受け、それを達成して金を稼いでいくやり方になる。 しかし啓祐はまたしても後手に回ってしまっていた。 元々この町は頻繁にクエストが発生する場所ではないのか、既に他のプレイヤーたちに仕事を奪われてしまっている状態。つまり、新しいクエストが発生するのを待たなければならない。 一応ギルドには待合室のようなものもあるが、プレイヤーかNPCかわからない連中がそこで飲み会をして騒いでいる。ソロの啓祐にとっては非常に居心地が悪い。 そこで啓祐はある結論に至った。 この町は元々、プレイヤーが拠点とするには不向きであると。やはり最初に看板で見た、王都・エラドとやらを目指すべきなのだと。 しかし既に日は落ちかけている。この世界では、町の外に出ると街灯のようなものは恐らくない。月灯りだけを頼りに、異界の地を進むのは非常に危険だ。 出発は明日の早朝。出来るだけ早い時間に町を出て、他のプレイヤーたちを出し抜く。明日に備えてのだ。 部屋に戻った啓祐はしばらくゴキブリを警戒した後、ベッドに横になり、考える。 本当にゲームの中の世界に来てしまったという実感は、正直あまりない。感覚的には現実との差はなく、どこか遠い田舎にでも旅行に来たというのが近い。 それ故に、他のプレイヤーたちが群れてワイワイやっている気持ちもわからなくはない。むしろ、ほんの少しだけ羨ましいとさえ感じる。 恐らく最初に何名かの仲間が出来ていれば、今頃は啓祐だって同じように騒いで遊んでいただろう。 啓祐は自身の人見知りや、社会性の無さに嫌気が差した。 いつもそうだ。バンドでライブに出させてもらった時も、メンバーの中村はすぐに他のバンドの人たちと仲良くなり、どんどん友達を増やしてSNSで繋がっていっている。 啓祐はいつも、気が付けば集団の最後尾を一人歩いている。 そんなコミュ力お化けの中村の姿を間近で見ていて、自分にはとても真似できないし、そんな疲れる人間関係は御免だと思っていたが、まさかそんな対人スキルがこんなところで影響してしまうとは思ってもいなかった。 啓祐は「明日から本気を出そう」と心に誓い、眠りについた。
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