タイラント

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見覚えのある女の子がパーティとはぐれていると聞いただけで、何故こんなところまで危険を犯して来てしまったのか。ここに来て、後悔の念が押し寄せてくる。 あの女の子だってプレイヤーだ。きっと、どこかへ逃げているはずだ。 そう何度も自分に言い聞かせても、啓祐は不安で居ても立っても居られなかった。 その時、ポンッと音を立ててピンク色の火の玉が上空に上がった。それは誰かが意図的に上げた信号弾と思われる。 つまり、近くで誰かが助けを求めているということ。 自分に何ができるわけでもないが、啓祐はその地点を目指して走った。 崩壊した建物の間を走り、通りを左へ曲がる。その先に信号弾を撃った者がいるはず。 しかし彼がそこに見たのは、既に大斧を振り上げていたゴーレムの姿だった。建物の陰に隠れて見えなかったが、ゴーレムもまた、その信号弾の地点へ向かっていたらしい。 「ちょっ……」 啓祐は100メートルほどの直線の先でゴーレムと目が合った気がした。 ゴーレムが大斧で地面を叩くと、周囲はその衝撃で酷く揺れた。不安定だった周囲の建物も崩壊する。 啓祐は頭が真っ白になり、硬直した。こちらに瓦礫が飛んできているということを理解していても、体が動かなかった。 しかし気が付くと、啓祐は何者かに引っ張られ、崩壊した建物の陰に引き寄せられた。 先ほどまで啓祐のいた地点は、土石流のような瓦礫の弾丸に飲まれた。まさに間一髪だ。 すぐに状況を把握すると、啓祐は自分を引っ張ってくれた者の姿を確認する。 「た、助かったよ……」 そう言いながら、鼓動が大きく脈打ったのを感じた。 啓祐をここへ導いてくれたのは、彼が探していたあの女の子だったのだから。 「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」 女の子はところどころ擦りむいており、服は砂まみれだ。呼吸は乱れ、汗は止まらない。彼女も体力的にそろそろ限界が近いはず。 「き、君、早く逃げよう!」 啓祐はそう言って女の子の手首を掴むが、女の子はそれを振り払った。 「ごめんなさい。私はまだ行けないの」 「なんで? 今なら……!」 女の子は目に涙を浮かべていた。 「仲間が……まだどこかに仲間がいるはずなんです! 見捨てるなんて出来ません!」 彼女は、仲間に置いて行かれたとも知らずに、そんな彼らを探すために一人危険を犯していたのだ。 啓祐は彼女になんて声をかければいいのかわからなかったが、それを聞いたら尚更放ってはおけない。 「君の仲間は……さっき向こうに誘導したよ」 「え、私の仲間を知ってるんですか?」 町で何度かすれ違っただけで、彼女らにとって啓祐の存在なんて全く気には留めていない。町に溢れるNPCと同じ、記憶にも残らない景色と同じだ。 「それは……」 何故だか啓祐は、自分だけが彼女らのことを覚えているという事実が恥ずかしいことだと思ってしまった。 「その人たちの名前、言えますか?」 「えっと……」 名前など知らない。だが、顔は覚えている。なんて答えればいいかわからず、啓祐は一瞬目を逸らしてしまった。 そんな啓祐の態度に違和感を覚えた女の子は、何かを言おうとした。しかしここで再び大きな振動が辺りに響くと、啓祐はもう一度彼女の目を見る。 「とにかく行こう! 君の仲間は無事なんだ!」
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