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――ジリリリリリリリリ!!
「な、なに!?」
「火事か……!?」
突然、ビル全体に響き渡った大音量の非常ベルに、バー店内にいた愛垣と霜野は顔を上げて驚いている中。
「……へ?」
カクテルグラスをカウンターにそっと置いた風花は、重たい瞼でゆっくりと辺りを見回した。
ただ、何故か意識がふわふわとしていて、非常ベルは認識できるものの今すぐ逃げようとする力が湧かない。
「とりあえず皆さん屋外に逃げてください!」
店の出入り口扉を開け放ち、大きな声で店内客を誘導するバーテンダーの指示に従う霜野と愛垣は、他の客と同じように店の外へと避難した。
そして風花も皆についていこうと席を立つが、床が歪んだように見えてうまく歩けなくなる。
「(あ、あれ……?)」
「お客さん早く!」
「(足が、すくむ……)」
バーテンダーの怒り声も聞こえているのに、どうしても急ぐことができなくて椅子を掴んだまま動けずにいると。
もう知らねぇぞと吐き捨て、従業員としての責任を放棄したバーテンダーは、風花を店内に残したまま非常階段へと向かった。
「……どいつもこいつも」
手を貸す事なく客の避難誘導を怠ったバーテンダーの罪は重いが、無防備な人間のカクテルに薬物を仕込んだ霜野と愛垣の罪も重い。
バーから人がいなくなったのを見計らって、様々な怒りを纏った耀が物陰から出てくると。
非常ベルだけが鳴り響く店内に足を踏み入れ、カウンター席付近で座り込む風花に駆け寄った。
「風花!」
「…………?」
聞いたことはある声、だけどその声に名前を呼ばれるのは初めてだった風花が、不思議そうに顔を上げる。
頬はほんのり赤く額には汗が滲み出ていて、明らかにいつもとは様子が違って、耀は嫌な予感がした。
ただ、耀の姿を確認するや否や安堵したように風花は微笑んだのだ。
「……また、助けに来てくれた……」
「っ……」
そう囁いてフッと後ろへ倒れそうになった風花を、素早く抱き抱えた耀はその頬を軽く叩く。
起きろ、寝るな、飲んだのか?と何度も呼びかけるも、意識が朦朧としている風花は何も答えなかった。
それでも耀の腕の中は温かく心地良くて、無意識に頬を擦り寄せる風花は幸せそうに目尻を垂らして。
「耀さん……」
「……風」
最後に耀の名前を呟いて、深い眠りに就いたように瞼を閉じた。
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