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その3
これはM君がまだリハビリテーションの専門学生だった頃の話だ。
「いらっしゃいませー」
M君は髪を切りに美容院を訪れていた。来店し、少し待った後、四十代位の女性美容師が現れ、席へと案内された。
「カットお願いします」
「かしこまりましたー」
そして、散髪が始まった。
さて、鋏がチョキチョキと小気味良い音を奏でる中、会話は始まる。
「今、何してるの?」
「すぐそこにある専門学校に通ってるんですよ」
「そうなんだ。今はいいけどさ、後しばらくしたら『自立』しなきゃいけないわけじゃん?」
ここでM君は思った。
(何だ、こいつ。また、よくある頭の悪い自立マウントパターンか。まぁ、いい。しばらく付き合ってやるか)
そして、会話が始まる。
「へぇ、そうなんですか」
「そうだよ。やっぱり、仕事していない人って変な人多いからね。この前、犯罪者がテレビに出てたけど無職だったからね」
「いやさぁ、別に俺、資格大量に持っているから」
「資格かぁ。私は無理だな。二十二の時に取った美容師があるから問題ないけど。昔はそこそこ物覚え良かったんだけどね。今は覚えられなくて」
「まぁ、資格は細かい表とか覚えなきゃならないですからね」
「うん。表とか絶対無理。二ページでも覚えられない」
「あははは…」
M君は再度思う。
(おいおい、いきなりマウントしてきた割には弱気だな)
内心、小馬鹿にしつつ、拍子を合わせる。
「まぁ、人それぞれ生き方ありますからね。美容師があれば充分でしょ。美容師は最高の資格の一つだと思いますけどね」
「他に良い資格はあるの?」
「そうですね…行政書士、登録販売者、調剤報酬請求事務、マンション管理士。仕事が楽勝だから俺に向いてる。あと、今通ってるリハビリもいいかな。行政書士は二千ページくらい覚える必要あり。知り合いが十二回落ちている。ま、でもやっぱり美容師でしょ」
「楽な仕事がいいの?」
と、相手。
「俺は生まれてこの方楽な仕事しかしたことないし、これからもするつもりはない。ブラック企業なんかしている奴らは馬鹿だ。生まれ変わるなら放射線技師がいい。どう考えてもボタンを押すだけだからね」
M君はふふんと鼻を鳴らした。
「でも、放射線は危ないんじゃないの?」
「いや、逆に放射線は適度に浴びると健康にいいらしいですよ? 専門学校通わないといけないからそこがネック」
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