Bigin~春のいたずら~

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 それから冬が過ぎ、ようやく春がやってきた。  進路に迷いはなく、僕は有名な音楽科の学校へと進むことになった。  演奏者としてではなく、理論コースで音楽を追求するために――。  そこには作曲コースもあり、希望があれば授業を受けることもできる。  僕には願ったり叶ったりだった。  今日は大学の入学式。  初めて袖を通したスーツに身を包み、どんな出会いが待っているのかワクワクしながら正門をくぐった。  想像していた以上に広いキャンパスに胸が踊る。  どんどん奥へと足を進めて行くと、ちょうど中庭のような小高い場所が目に留まり、駆け寄っていく。 「あっ……」  そこにいた人影に立ち止まる。  大きな桜の木を見上げながら長めのトレンチコートのポケットに手を入れて耳にイヤフォンをつけていた。  そして、彼はまたあの日と同じように静かに涙を流していた。  そんな僕も、あの日と同じように彼から目を離せずにいる。  人が涙を流すのを美しいと思ったのは、二度目だった。  引き寄せられるように近づいていく――  彼に触れたいと思っていた――  目を閉じて空を仰ぐその頬にそっと手を伸ばす――  触れた瞬間――、君が驚いたように視線を下げて僕を見た。  僕はニッコリと微笑む。 「菅尾啓太くん……」 「なんで、俺の名前……」 「ずっと、会いたかった……」 「お前……」 「この涙は、誰のために流してるの?」 「別に……」  気づいていなかったのか、手の甲でサッと涙の筋を拭った君。 「僕じゃ……その涙を癒すことはできないかな?」 「おまっ……なに、言って……」  みるみるうちに目を丸くして、信じられないと言いたげに僕を見ているけれど、僕はそんなことお構いなしに、ただ真っ直ぐに君を見つめていた。 「君の大切だった人……思い出にできるように頑張るから……それくらい僕が君を想うから……」 「一体……なんなんだよ……」 「僕たち、ここから始めない?」  満開の桜の下で、僕は一生に一度の告白をした。 「そんなこと……無理に決まってる……」 「そんなことないよ。だって、僕たちはまたこうして出会えたんだから……」 「俺は、お前のことなんて知らない……」 「これから知ってくれればいい。僕も、これからもっと君を知っていくから……」 「無茶苦茶なこと言いやがって……」 「僕は、真田慎司。ずっと、君を探してた……」 「ったく……面倒くさい……」  そう言いながらも、君は少し恥ずかしそうに顔を逸らした。  まるで春のいたずらのように、僕たちは出会い、ここから始まる。
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