Bigin~春のいたずら~

5/6
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 フェスティバルが終わってしまえば、僕たちに偶然出会う機会なんてあるわけもなくて、ただ時間だけが過ぎていた。  自分で彼のことを調べるのには限界がある。菅尾啓太は無名の高校生だからだ。インターネットで検索したところでヒットするはずもない。  知っているのはどこの高校の生徒かということだけだ。それ以外の情報なんてなかった。だけど諦められなくて、一度だけ音楽の先生を尋ねたことがある。 「先生、聞きたいことがあるんですけど……」 「何かしら?」 「この間の音楽フェスティバルで最優秀賞を受賞した……」 「菅尾啓太くん?」  僕は静かに頷いた。すると、先生はほんの少しだけ眉を下げて微笑んだ。 「彼にとって最初で最後の大舞台だったはず」 「最初で最後……?」 「そう……。彼はただピアノが好きなだけだから」 「あんなに素晴らしい演奏ができるのに……?」 「あなたと同じよ。ピアノを嫌いにならないため」 「じゃあ、どうして……?」  先生は僕の聞きたいことを全てわかっているように、首を横に振った。  注目されたいわけじゃない。  ただ、純粋に好きなだけ――。  鍵盤を弾いて出る音に胸が踊るだけ――。  弾く強さで色々な音を奏でる――その魅力に夢中になってしまうだけ――。  誰かと競うためじゃない。  誰かに聴かせるためじゃない。  ピアノが奏でる音が好きなんだ。  初めて指で触れたときのワクワクした気持ちを今でも覚えている。  その気持ちのまま大切にしていたい。  君もそうなの?  君もあのワクワクした気持ちを失いたくないの?  僕たちは似ているのかな?  それとも、全く違うのかな?  知りたいことはたくさんあるのに、それ以上僕は何も聞くことができなかった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!