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フェスティバルが終わってしまえば、僕たちに偶然出会う機会なんてあるわけもなくて、ただ時間だけが過ぎていた。
自分で彼のことを調べるのには限界がある。菅尾啓太は無名の高校生だからだ。インターネットで検索したところでヒットするはずもない。
知っているのはどこの高校の生徒かということだけだ。それ以外の情報なんてなかった。だけど諦められなくて、一度だけ音楽の先生を尋ねたことがある。
「先生、聞きたいことがあるんですけど……」
「何かしら?」
「この間の音楽フェスティバルで最優秀賞を受賞した……」
「菅尾啓太くん?」
僕は静かに頷いた。すると、先生はほんの少しだけ眉を下げて微笑んだ。
「彼にとって最初で最後の大舞台だったはず」
「最初で最後……?」
「そう……。彼はただピアノが好きなだけだから」
「あんなに素晴らしい演奏ができるのに……?」
「あなたと同じよ。ピアノを嫌いにならないため」
「じゃあ、どうして……?」
先生は僕の聞きたいことを全てわかっているように、首を横に振った。
注目されたいわけじゃない。
ただ、純粋に好きなだけ――。
鍵盤を弾いて出る音に胸が踊るだけ――。
弾く強さで色々な音を奏でる――その魅力に夢中になってしまうだけ――。
誰かと競うためじゃない。
誰かに聴かせるためじゃない。
ピアノが奏でる音が好きなんだ。
初めて指で触れたときのワクワクした気持ちを今でも覚えている。
その気持ちのまま大切にしていたい。
君もそうなの?
君もあのワクワクした気持ちを失いたくないの?
僕たちは似ているのかな?
それとも、全く違うのかな?
知りたいことはたくさんあるのに、それ以上僕は何も聞くことができなかった。
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