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春乱痴気
まろやかな陽気に、欠伸が出た。昼九ツ、風呂と髪結いを済ませ、昼見世に備えてはいるが、どうせ暇だろう。
仲見世通りには、どこからか持ってきて植えたという桜が咲いている。ここの花はどれもどこからか持ってくる。なかにはここで生まれた花もあるけれど。欠伸をかいたまま、織日(おりひ)は、窓際にしなだれかかるくれ葉を見遣った。
くれ葉はこの見世の女郎が産んだ。白粉などはたかなくても透き通るような白い肌をしており、誰もが振り返る美貌を備えている。琴も歌も上手い。母親も美しかったようだが、頭が弱く、間夫に騙されては年季が延び、太客を怒らせ、折檻の末に死んでしまったらしい。くれ葉は禿から振袖新造を経て遊女となった。彼女は他の女郎のように、ここに絶望などしない。男に夢を見たりしない。織日はそんなふうにおもっている。
彼女が物憂げに視線をやる先を追えば、出入りの若い髪結の男が惚けているのが見えた。
(上手いなぁ。)
と、織日はしみじみ思う。ああやって、意味ありげに視線をやって男をその気にさせて遊んでいる。結果、くれ葉の結い上げられた髪は誰よりも綺麗だ。
ここは女の地獄、と姉女郎は云うけれど、織日の生まれた村に比べれば、遊郭(ここ)は極楽に近かった。雨ざらしにはならないし、飯は食えるし、布団で眠れる。産まれたばかりの赤子の首を捻ることもしなくていいし、ぼけたじい様に犯されることもない。あの時泣いた姉はどこに売られたのだろう。もう忘れてしまった。
「織日」
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