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斎淳はちかが春光に金を預けに来ていることを知らない。
「そんなんじゃないけど……」
どきどきと高鳴る胸とは裏腹に冷えた肩がぶるりと震える。少しの間の後、斎淳が言った。
「こちらへおいで。火鉢がある」
雨は乱暴に屋根や戸口を叩き、辺りは薄灰色にけぶって何も見えないほどだった。
通されたのは、本堂の裏にある居住地だった。土間に炊飯場があり、十畳ほどの板張りの間があった。斎淳と春光が寝食を営む場所なのだろう。かすかな香に混じり、男の匂いがした。斎淳は手ぬぐいと羽織るものをちかに渡して、湯を沸かし始めた。
「春光になにか用があったのかい」
柔らかな口調は相変わらずだ。答えに窮して黙っていると、斎淳は背を向けたまま、茶碗に湯を注ぎ、また口を開いた。
「まさかと思うけど、なにか私に言えないことをしていないだろうね」
僅かながら、ちかを咎めるような言い方だった。
「……斎淳さんは、あたしが、春光に悪い遊びを教えてるとでも思ってるんですか?」
「いや……」
「斎淳さんのかわいい春光にちょっかいを出す女狐だとでも?」
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